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氷葬  作者: 澄氏 新
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第二章:開花

 何故こんな事になってしまったのだろうと考えたが、自分から首を突っ込んだ所為だと思うと、何とも言えない気持ちになった。気持ちの動くままに少女を追ったことを後悔せずにはいられない。

 彼女の手は、まるで体温を感じなかった。見た目は普通の人間と同じなのに、この冷たさは何だろう。自分が感じる、妹の死の冷たさよりも更に冷たい。

 しかし、目の前であんな魔法を見せられたのだ。今更彼女が死者のように冷たい体をしていると知ったところで、大して驚きもしなかった。

「で、どうすればいいんだ?」

 向かい来る敵を尻目に、天人は訊いた。恐怖心は勿論有った。

「私が今から、あなたに力を分けるわ。私の力は、「想像を創造」する能力……あなたが想像出来る「死」の形を、想像して」

「死の形?」

「そう、ピストルでも剣でも何でもいいわ。あなたが「相手の死」を想像しやすいものを想えば、それは死の形として現れるの」

 少女の手から、何か生暖かいものが注ぎ込まれた。右手は氷のような冷たさしか感じないのに、妙な感覚だった。

「想像さえできれば、何でも作り出せるわ。勿論想像の範囲内によるけど、私がやったみたいに炎を出したり、形の無いものだって創造できる」

「おい、後ろ!」

 既に目の前まで迫ってきていたナイフ男。当然、長く待たせてはくれない様だ。

 咄嗟に少女を引き寄せ、右に飛びのいた。突き出されたナイフが空を切る。少女は天人の手を解き、路地の隅に駆けた。

「力はもう送ってるわ。あとはあなたの想像力次第よ」

「想像力……」

 あまり自信のあるものではなかったが、死を想像するとなると話は別。いや、わざわざ形を考える必要も無い。

 天人にとっての死は、たった一つしか無いのだから。

 右手をじっと見つめ、男を睨み付ける。鼓動が早い。気をしっかり持っていなければ、脱力してしまいそうな恐怖心、不安感。

 男がこちらに向かってきた。まずは、放たれる初撃を絶対に回避しなくては。なるべく、最小限の動きで。

 

 やれるのか、俺に――いや、やるしかない!

 

 男は駆けながら、ナイフを振り上げた。刃は順手に持たれている。刺すのではなく、斬るつもりと見て取れた。

 目を逸らさず、相手をよく見る。まずは相手の武器を封じなければならない。斬られれば、待つのは冷たい死だ。

 ひゅっと振り下ろされた刃を左に退いて避け、ナイフを持つ男の右手首を掴んだ。

 

 そして、「想像」する……!

 

 パキン、と高い音がした。

 男の手首が天人に握りつぶされ、折れて切断された音だった。

 落ちた右手とナイフは、そのまま煙の様に音もなく消え去る。その切断面は凍りついていた。

 

「触れるものを凍らせる「死の形」……ありそうだけど、結構独創的ね」

 感心したような少女の声。 

 そう、天人にとっては、「凍結」こそが死の形だった。相手に死の冷たさを与え、凍らせる。相手が氷の様に冷たくなることが、天人の思う「死」なのだ。

 当人は、不思議な感覚に囚われていた。相手に「死」を与えている……詰まり、殺しているというのに、その事については恐怖も後悔も無い。さも当然であるかのように、力を使役していた。

 そして、この能力の馴染み方。相手を凍らせる、ということをわざわざ強く念じ、想像する必要性も無いことは判っていたが、これほど無意識に出来るとは思っていなかった。

「使えた……」

 そう呟いたが、まるで元々持っていた力であるかの様な一体感が有った。

「油断しちゃ駄目!」

 飛んできた少女の声に、はっと我に返る。振り下ろされそうになっていた白刃が目に映った。

 予想外の事だったが、後方に大きく飛び退いて、ぎりぎりで避ける。心臓が飛び出しそうなほど鼓動が大きくなった。

「な、なんであいつ……さっき斬り落とした筈なのに!」

 そう、確かにナイフごと、右手を落とした筈だった。しかし、男の右手は再生しており、その手には先ほどと同じナイフが握られている!

「そいつらは、体の一部を斬り落としても、すぐに再生するわ。一気に全身を凍らせるか、核を破壊しないと」

「そういうことは早く教えてくれ!」

 なるほど合点がいった。何故、殺しているのに平気でいられるのか。

 それは奴等が普通の人間とは全く違う存在だからだ。人間とは、というより、世に存在する全ての動物と違う。言うなれば、化け物。

「ごめんなさい。でも、いけそう?」

 全身を一気に凍らせる、なんて芸当は、出来るかどうか判らない。一番「死の冷たさ」を知るのは、自分の右手だけだからだ。局部的な凍結であれば難なくこなせる事は判ったが、全身を一気にというのは無理だと想像がつく。

「あいつの核は何処にあるか、判るか?」

「左胸、心臓の位置よ。あなたもさっき見たと思うけど、こいつらは骨を核として造られてるわ。体を破壊して核を取り出すか、もしくは外部から核を破壊出来れば……」

「判った、やってみる」

 造られている、という件に一つ疑問が沸いたが、今はそんなことを考えている場合ではない。如何に相手の攻撃を掻い潜り、左胸に触れるか、今大切なのは其れだ。

 ごくりと唾を飲む。

 男は新しい右腕を振りかざし、天人に向かってダッシュした。手を一度落とされて気が立ったか、そのスピードは人間のものではなかった。

「うわっ!」

 予想だにしないスピードに、天人は再び大きく後方へ退いた。しかし、続けて放たれる斬撃が天人を襲う。二発、三発と連続で飛んでくる死の一撃を巧くかわすが、これでは核を破壊するどころの話ではない。

 

 くそっ、どうすれば――どうすれば、奴の懐に飛び込める?

 

 もう一撃を回避して、天人は覚悟を決めた。多少の怪我を受けてでも、奴の左胸に触れる!

 下唇をきゅっと噛み締め、更に横に振られたナイフをしゃがんで躱すと、そのまま強く地面を蹴った。間合いを一気に詰め、相手に一撃を出させる前にと左胸に手を伸ばす!

 いける、と確信した。横振りに攻撃を繰り出したため、相手の体はノーガード状態になっている。これならば、返しの刃が放たれる前に、相手の核を貫ける、と。

 しかし、それは相手が普通の人間であった場合の話だった。

「っつ!」

 左肩に鋭い痛みが走った。肉が裂ける感触。

 男は普通の人間以上の膂力と反射神経を以ってして、振りぬいた右手をすぐさま反対方向へ……天人の左肩へと返したのだ。

 完全に予想していなかった攻撃に、防御の姿勢も取れないままその一撃をうけてしまった。ナイフが左肩に深々と突き刺さる。

 今度は男が大きく間合いを開いた。刃が抜かれた部分から大量の出血が起き、セーターを真っ赤に染めていく。

「だ、大丈夫!?」

 平気な筈がない。左腕の感覚が麻痺し、腕が上がらない。激痛が天人を襲っており、痛みを堪えようと下唇を強く噛む。セーターを通して腕を伝った血が、ぽたぽたとアスファルトに落ちて染みを作っていく。

 いけると思ったのに、油断した。化け物め。

 心の中で毒づき、この状況を打破する方法を考える。これだけの深手を負っておきながら、何故だか冷静でいられたのは、本人にも終ぞ判らなかった。

 男はナイフを構え、再び突進してくる。刃の向く先は、天人の心臓。その表情からは、殺気も何も感じない。感情が全く篭っていなかった。しかし、其れはかえって不気味であり、無感情に人を殺す人形のような異質を放っている。

 

 どうする、考えろ、必ず何かしら、奴を倒す方法が有る筈だ。

 倒す……いや、違う。

 殺す方法が――!

 

 天人も駆けた。左腕が激しい痛みを訴えたが、意思の力で押さえつけた。

 間合いに入った瞬間、一撃が放たれる。心臓を的確に狙い、突き出されたその一撃は今までのどの攻撃よりも速かった。

 しかし天人は無意識にそれを回避していた。狙う場所の予想がついていたとは言え、この一撃を回避し得るほど戦いの経験があるわけではないのに。土壇場で発揮した超人的反射神経に自分でも驚いていた。

 そのままヘッドスライディングの様に相手の足元へと飛び込む。狙いは、右足!

 先ほど右手を落としたのと同じ要領で、男の右足を足首から破壊する。パキン、と甲高い音が響き、男の足首が断たれた。片足を失い、男の体は大きくバランスを崩す。その隙に、天人は自分の靴の裏に手を触れた。右、続いて左。

 体勢を直しながら、凍らせた靴で地面を蹴る。スケートの様に、天人の体はアスファルトの上を滑走する!

 文字通り滑る様に男の背後に回った天人は、滑走の勢いそのままに、相手の左胸へと右手を伸ばした。体勢を崩し、更に素早く背後に回られた男は反応も出来ず、完全に無防備な状態になっていた。ここまで大きな隙を、見逃す訳も無い。

 

 バキン! と、一際大きな音が空気を切り裂いた。

 天人の右手には、手の平大の白い塊が握られていた。

 背後からの一撃は男の背中から胴体を突き抜け、核である骨を握り取ったのだ!

 手が突き抜けた部分は丁度腕の太さと同じだけの穴が開き、その断面は凍りついていた。触れたと同時に凍らせ、凍結した部分を砕きつつ貫いた事が判る。

 核を失った男の体は、他の者と同じく音も無く煙の様に消え去った……

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 肩で大きく息をする天人。左腕の痛みは、既に感覚に無かった。

 倒したのか。倒せたのか。

 目の前から敵の姿が消えたことを確認し、安堵すると同時に、どっと疲れが押し寄せてきた。そのままばたりと倒れ伏す。

 体が冷たかった。よくよく見てみれば左肩からの出血は酷く、地面に紅い水溜りを作っていく。

 たたたたっと、少女が近付く足音がした。しかし、そちらを見る体力ももう無い。

「酷い怪我……ごめんなさい、私の所為で」

 少女の声が遠い。耳に何かが詰まっているみたいに、ぼんやりとしか聞こえない。そういえば、視界も霞んできている。意識も遠のいていく……

「でも、ありがとう。あなたのお陰で、ほんとに助かっ――」

 

 天人の意識は、少女の言葉を全て聞くことなく、ぷっつりと途切れた。

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