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氷葬  作者: 澄氏 新
2/12

第一章:踏み入れた非現実

 冬が終わり、季節は春へと移ろうとしていた。

 とは言え、まだ冬の寒さは残っており、街行く人々の中にはマフラーを巻いている者も見える。今日は曇天の空。最近の気候と比べれば、冷え込む日だった。

 午後四時。ロータリーの中心に立てられた時計が告げた。

 

 白と黒の横縞柄のセーターを着込み、赤のマフラーを巻いた青年が一人、駅前のロータリーで佇んでいた。今日は風が冷たい日だが、少々厚着し過ぎのようにも見える。バスや電車を待っている訳ではなく、約束に遅れている友人を待っているのだった。

 人待ちをしているのは彼だけ。カップルや家族連れ、忙しく営業周りをしている者は彼を気にも留めなかったが、傍から見れば孤独感すら漂う異質な光景にも見える。それは、彼、御堂みどう 天人あまんとを包む、異様な雰囲気から来るのかも知れない。

 どこか暗く、悲しげな雰囲気とでも言おうか。

 煙草を冷たい石床に放り、お気に入りの黒いブーツで踏み、捻る。待ち始めて既に三十分は経とうか。青年の足元には、五本のスーパーライトが踏み潰されていた。

 

「よぉ、お待たせ」

 

 多少苛立ちを見せていた青年に、声を掛ける者があった。

 青年はむっとした表情で待ち人を向かえ、既に火を点けていた六本目を、殆ど吸わずにぽいと投げ捨てて踏み潰した。

 髪を眩しいくらいの金髪に染め、黒のジャケット、黒のパンツという出で立ちで、一見すれば性質の悪いチンピラの類にも見えるが、軽い口調や顔貌が、彼の性格の良さを証明している。

「久哉、遅いぞ」

「悪ィ悪ィ。今日は俺が全部金出すからさ、それで許してくれや」

 天人の待ち人は、小学生から中、高を経て尚友人であり続ける根っからの腐れ縁、四王寺しのうじ 久哉ひさや。どっか遊びに行こうぜと誘われて、駅で待ち合わせをしていたのだが、やはり今日も遅刻。

 遊びに誘うのは毎度久哉の方からだったが、時間通りに来た例はほぼ無い。天人が苛立つ理由も、毎度毎回という事が大きい。

「さて、それじゃ、カラオケにでも行こうぜ。思いっきり声出して、すっきりしとかないとな」

 天人が何事かを言う前に、久哉は必要以上に元気に言い出し、ずんずんと歩き始めた。

 いつもこの季節……というより、この日になると、久哉は天人をカラオケやゲームセンターに、全部奢りで誘ってくる。それは、久哉にとって、できる限りの親友への気配りだった。

 天人も、其れを良く分かっているから、こうして付き合っているわけだが。

 

 明日は、天人の妹、御堂みどう 玲菜れいなの命日である。

 天人が暗く、悲しげな雰囲気を纏っているのも、その所為だ。

 五年前、彼が触れた「死」の冷たさが、妹の命日の前日になると、鮮明に蘇ってくる。日常生活では気に留めないようにしているが、その日が近付くにつれて、氷の様な冷たさが天人の右手を覆うのだ。

 そして、冷たさは右手を中心に全身を包む。厚着をして誤魔化しているが、それでも寒気を感じる。

 

 天人と付き合いの長い久哉は、勿論彼の持つ悲しみを知っている。だから、こうして気分を切り替えてやろうと努力している。

 天人は感謝しているのだ。遅刻に苛立ちはするものの、既に慣れてしまって本気で怒りはしない。

 

 自分の方を振り返りもせずに歩き続ける久哉を見ながら軽く溜息をつき、天人も歩き始めた。

 

 

 駅から真っ直ぐ歩くと、程なくして商店街が見えてくる。

 鮮魚市や八百屋、古い駄菓子屋、着物店などから、ゲームセンターやパソコンの専門店が所狭しと立ち並ぶ。凝った作りの石畳が商店街の始点と終点を結び、そこを沢山の人が闊歩している。

 昼夜関係なく、商店街は賑わっていた。今日もまた例外ではない。

 流れる有線放送の音楽を聴きながら、天人と久哉は歩いた。向かう先は、行きつけのカラオケボックス。何処へ行くかとわざわざ相談することもなく、自然と足がそっちを向く。

 学校帰りの学生を中心に、人の波が流れていた。少しでも目を離せば、久哉の姿を見失ってしまうだろう。とはいえ、向かう場所は同じなのだが。

 

 変わりない日常の風景。

 しかし。

 

 不意に、どん、と肩をぶつけられ、天人は大きく体勢を崩した。転びそうになるところを必死で立て直し、ぶつかった相手に向き直る。

「うお、大丈夫か、天人」

 咄嗟に体を支えてやろうと伸ばした右手を戻しながら、久哉。大丈夫だ、と天人が手で制し、相手を睨み付ける。

「おい、ちょっと……」

 文句の一つでも言ってやろうかと、相手の顔を見た瞬間、天人は言葉に詰まった。

「ご、ごめんなさい!」

 慌てて頭を下げたのは、見た目十四、五くらいの少女。目は透き通るような碧、そして久哉とは違う天然のものの金髪を、赤いリボンでツインテールにしている。外国人だろうか、しかし日本語の発音は流暢だった。

 よほど急いでいたのか、そのまま少女は走り去ってしまった。

「ったく、少しは気をつけろってんだよなぁ、天人」

 やれやれといった口調で久哉が言うも、天人は呆然とその少女の姿を見ていた。その姿は心ここに在らずといった感じで、声が届いてないのかとも思える。

「どうした?」

「久哉、先に行っててくれ」

「何だってんだ、さっきの、知り合いか何かか?」

 久哉が言い切る前に、天人は走り出した。少女を追って、人ごみをすり抜ける。

 残された久哉は、訳が分からないと眉をひそめ、その姿を見送った。

 

 

 走りながら、俺はどうかしていると思った。

 そうだ。この世に無いものを追っている、と。

 ツインテールの少女は、髪の色や目の色は違えど、妹に瓜二つだったから。

 当然別人であることは間違いないし、追って話したところで何がどうなるという訳でもない。そんなことは、自らの手で妹の死を確かめた自分がよく知っている。

 ただ、何故だか彼女が気になって、追いかけた。

 

 何度も見失いそうになりながらも、先ほどの少女と同じく道行く人々にぶつかりながらも、商店街を駆け抜ける。

 何故だか、右手の冷たさが増しているような気がした。走っている所為で、体は温もっているのに。妙な感覚だ。まるで……おかしな言い方だが、右手だけが死んでいるような。

 心臓が激しく脈動するのは、ただ単に走っているから、という理由ではないだろう。期待か、不安か、それとももっと別の何かか。天人に知る術は無い。

 少女が大通りから伸びる細い脇道に滑り込んだのを視界の隅に捉え、天人もその後を追った。

 

 

 細道は、居酒屋や小さなパチンコ店のゴミ捨て場専用の路地だった。商店街の賑わいとは打って変わって、暗く静かな空間になっている。生ゴミや酔っ払いの嘔吐物の臭いが鼻を突き、吐き気を催す。まるで別の世界の様だ。

 少女は何故、こんな場所に入ったのだろうか?とても縁遠い場所と思える。

 鴉が荒らしまわったゴミを踏み分け、奥へと進む。鼓動は早まるばかりだ。

「一体俺は何やってるんだ……こんなストーカーみたいな真似して」

 誰にともなく呟く。頭では無駄と判っているが、しかし足は止まらない。

 一人やっと通れるくらいの細い通路を抜け、少し開けた場所に出た、その時。

 

「危ない、右!」

 突然の声。そして、ゆらりと覆い被さる影……何事かと驚きつつも、反応して右を向く。

「……え?」

 そこには、顔も知らない男が立っていた。――その手に、刃渡り十センチほどのナイフを持って。

 顔も手も真っ青で、まるで血の気が無い。唇は病的なほど紫に変色し、目も濁っていて焦点が合っていない。死体の其れと一緒だった。

 ナイフは高く持ち上げられ、男の目が天人を睨み付ける。

 危ない、殺される……!

 脳がそう告げるが、体が動かない!

 体が反応し、防御姿勢を取ろうとした時には、既に白刃は振り下ろされ――

 

 燃え尽きた。

 信じられない光景が、目の前で起こった。

 

 そう、文字通り燃え尽きたのだ。ナイフも、男の体も。

 体そのものが発火したみたいに突如男の体から青い炎が噴出し、一瞬のうちに跡形も残さずに焼き尽くしたのだ。

「う、嘘だろ……!」

 肉が焼ける臭いもしない。焼き尽くされたというよりも、蒸発したと表現したほうがしっくりくる。彼を焼いた青い炎も、天人のすぐ側で立ち上がったにもかかわらず、熱さを全く感じなかった。

 夢の中か、テレビゲームの世界にある魔法のような非現実。

 

 男が蒸発したすぐ近くで、カラカラ、と何かが転がる音がした。アスファルトに落ちた其れは、真っ白な、いびつな形をした固形物。大きさは二、三センチくらいだろうか。

 骨だ。

 男のものであろう、骨の欠片。焼け残りという訳ではない様だが、何故かその小さな骨だけが残り、路地に転がった。

 状況が把握できず、天人は急いで辺りを見回した。不可思議な現象を目の当たりにし、気が動転している。言いようのない恐怖が重く圧し掛かってくる。

「あなた、さっきの!」

 呼びかけられて、自分が追いかけていた少女の姿をようやく視界に捉えた。そして更に、男が二人――!?

 再び天人は自分の目を疑った。二人居る男は、先ほど蒸発した男のものと全く同じものだったのだ。其々がやはり手に白刃を持ち、生気の無い顔、更には同じ服。

「逃げて、ここは危険だわ!」

 少女の怒声が飛ぶ。しかし、足を動かそうとしても、地面に縫い付けられたみたいに動かない。恐怖の足枷だった。

 動けない天人を二人の男は睨み付け、少女に向けていたナイフを彼に向きなおした。そして、同時に地面を蹴る。

 標的は少女だったのだろうが、天人にターゲットを変更した様だ。状況から見て、先ほど男の一人を消したのはこの少女。仲間と思われたのだろうか。

「早く逃げて!」

「足が、足が動かないんだ!」

 必死に返す天人だったが、ナイフを持った男二人は既に天人の近くまで走り寄ってきていた。逃げ場はどこにも無い。このままじゃ、殺される――!

「くっ!」

 少女が駆けた。

 あわやというところで天人に体当たりして助け、男たちに向かって両手を突き出す。

 

 が。

 

 ずぶり、という微かな音が、路地に鳴った。

 片方は先ほどの青い炎で蒸発させたが、もう片方は間に合わず。ナイフが少女の白い肌を引き裂き、左肩に深く沈んだ。

 痛みに顔を歪めつつ、咄嗟に男を突き飛ばす少女。少女の細腕からは想像出来ないほど、何かに弾かれたように男は吹き飛び壁に激突した。しかし、まだ息がある。

「ねぇ、あなた!」

 肩に深々と刺さったナイフを抜きもせず、少女は天人に向き直った。

「おい、その怪我――」

「お願い、手を貸して!」

 少女が突然言い放った言葉に、今度は耳を疑った。

 先ほどまで逃げろと言っていたのに、今度は手を貸せ、とは。

 少女の様に魔法が使えるわけでもなく、武器を持っているわけでもない普通の人間である天人に、どうしろと言うのだろう。どう見たって尋常じゃないこの状況を、どうにかできるような力なんて持っていないのに。

「手を貸すって言っても、俺は」

「私の力ももう限界なの。これ以上は能力を使えないわ。私の力を少しだけ分けてあげるから、お願い、助けて!」

 そんな事、できる訳が無い、という言葉は、喉まで出て止まった。 懇願する少女の顔が、妹の其れと重なり、言葉に詰まったのだ。

 しかし、こんな状況を打破する力を受け取ったとしても、天人に戦うことが出来るのだろうか。

 吹き飛ばされた男は緩慢な動作で立ち上がり、どこからとも無くもう一本のナイフを抜いた。

「……分かった」

 決意した。能力を分けてもらったところで自分に何が出来るか分からないが。

 厄介ごとは御免被るが、それでも妹の影と重なる少女の頼みを断れなかったのである。

「ありがとう」

 少女はにっこりと笑いながら、天人の右手を取った。

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