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氷葬  作者: 澄氏 新
12/12

エピローグ

 何時の間に気を失っていたのだろうか、天井に開いた大きな穴から覗く窓から差し込む陽光に照らされて、天人は目を覚ました。

 埃臭いコンクリートの床から起き上がり、服にへばりついた埃をはたき落とし、一つ溜息をつく。体の節々が過度の運動による筋肉痛で痛んだが、今は気になりもしない。

 確かに、ネクロには打ち勝った。しかしすっきりとしない。気持ちが重く、玲菜の葬儀の日の様な空虚な心が有った。

「レエン……」

 心に隙間を作った少女の名を呼んだ。彼女の力が無ければ、恐らく今頃陽光を浴びる事も無かっただろう。だが、彼女はこの光を見ることは出来ない。

 溢れる陽光とは逆に、天人の心は暗く陰っていた。

 

 

 それから数ヶ月の時が流れた。

 あの時以来、天人の能力は発動しなくなった。恐らくは、レエンの消滅によってその力が駆使できなくなったのだろうと考えた。ネクロを倒したその力は、彼女が残してくれた希望の残滓に違いない、と。無論、これから先二度と使う事も無いだろうが。

 一時は死の淵にまで追いやられた久哉もあれから普通の生活を送り、ネクロに殺されかけた時の事は、貧血で倒れた時に見た悪い夢として捉え、納得してくれた。勘違いも甚だしいが、ややこしい事にならずに済んだのは助かった。

 大学に行き、普通の生活をし、時には街まで久哉と遊びに出かけたり、非現実的な世界から日常に戻っていった。しかし、忘れられもしない。右手の冷たさは、更に増したような気さえする。レエンの消滅は、天人の心に大きな傷を残したのである。

 

 季節は春を過ぎ、夏へと移った。照りつける太陽が眩しく、気温も日中は気だるくなる程の猛暑。いつもなら、体を覆う寒さを少しでも和らげる事が出来るような気がして、好きな季節だ。セミの大合唱が多少耳に障るものの、天人は夏が好きだった。

 だが、今年はそうもいかない。どうやらレエンの消滅と玲菜の二度目の死は、天人の心にしばらく張り付く様だ。

 

 大学の帰りに、あの商店街に寄った。特に買い物が有るという訳でも無いのだが。何故彼女と出会った事を思い出すのに、この場所に来ようと思ったのかは解らない。

 夏をテーマにした楽曲が有線放送で流れ、いつも通りの活気で溢れる商店街。夏の大バーゲンのチラシや幟がそこかしこに見て取れ、客引きの声もまた大きい。夏休み真っ盛りの学生も居た。その中でもやはり浮いた存在に見える天人だったが、彼を気に留める者は無かった。

「何やってるんだろうな、俺は」

 自嘲的に吐いた呟き。聴き止める者もやはり無い。

 またレエンに会えるだろうかと期待しているのだろうか。そう思うと何だか馬鹿馬鹿しい。

 

 適当に歩きながら、家に帰るかと駅に向かって歩き出そうとした、その時。

「おーい、天人!」

 不意に、自分を呼ぶ声があった。ぎょっとして辺りをきょろきょろと見回す。急に立ち止まったために数人と肩がぶつかったが、気にせずに声の主を探した。睨まれたって気にも留めない。

 聞き覚えの有る声――レエンの声だった。

「こっちこっち」

 肩を後ろからぽんぽんと叩かれて、驚き混じりに振り返る。

「やっほ、久しぶりだね。あちこち探してたわよ、もう」

 そこに在ったのは、紛れも無く、消滅した筈のレエンの姿だった。思わぬ事態に目を丸くする天人を見て、レエンは小さく笑った。

「な、なんでお前」

「何でも何も、私って時間が経てば再生するの、知ってるでしょ?」

 当たり前じゃない、と付け加えて、レエンは首を傾げた。その子供っぽい仕草も変わらず。

「消滅したら生き返らないんじゃなかったのか!?」

 動揺を隠せない。声も少し大きめになってしまっているが、街のざわめきの方が勝った。

「うん、そうよ」

 あっけらかんと言い切ったレエンに、天人は眉をしかめた。どういう事だかさっぱり解らない。

「じゃあ何でここに居るんだよ、レエンは」

「だって、天人の中にちょっと残ってたし」

「……とりあえず、どういう事か説明してくれ。話が見えない」

 レエンが天人の中にも「ちょっと居た」などと言われても、彼女を自分の中に住まわせていた記憶なんて無い。冷静に考えれば解る事だが、今の天人には無理な話だ。動揺こそしているが、彼の心は隙間が埋まった歓喜で溢れているのだから。

「えーとね、私の力、天人に分けてあげたでしょ? それで、天人は相手を凍らせる力に目覚めたわよね?」

 とりあえず頷く。

「私の力っていうのは、つまり私の存在そのものって事になるわよね。存在削って能力使ったりしてる訳だから」

 ここまで言われてようやく気がついた。

「私が天人に送った力っていうのは、つまり私の一部なの。例えるなら、私がギアで天人が電池みたいな役割で、天人は力を使ってた、と」

 まさか再会して早々電池に例えられるとは予想しなかったが、なるほど理解は出来た。今までレエンの存在が自分の中にあり、それに自らの魂を送って能力を使っていたという事になるのだろう。

 力が使えなくなったのも、彼女が天人の体から出ていった為だった。分離さえしてしまえば、あとは時間経過で回復し、同じ姿を取るようになるという事か。

 

 それにしても。

 

「そういう事は早く言え!」

 レエンの頭を軽く小突きながら、呆れと苛立ちを込めた表情で睨んだ。痛みなど感じない癖に、痛いじゃない、と怒りながら天人をばしっと叩くレエン。

「ちょっと言い忘れてただけじゃないのよう、酷いなぁ」

 負けじとレエンも天人を睨み返したが、すぐに笑顔に戻った。にっこりと笑うその顔は、太陽に似て眩しい。

「でもまあ、また会えて良かったよね、うん」

 と、ここまでは眩しい笑顔だったが、次の瞬間には悪戯っぽい笑みを浮かべていた。嫌な予感がする。

 そういえばさっき、あちこち探していたと……

 ぎくり、と思わず強張った。大体言いたい事の察しはついている。

「で、ものは相談なんだけどね……今、新しいイーヴル追ってるんだけど、倒すの手伝ってくれない?」

 もうあんな目に遭うのは御免だ、と言いたい所だったが、どうせ断れないことは天人自身がよく解っている。断っても断ってもしつこく言い寄ってくるかも知れないし。

 いや、彼女の頼みだ。断れる筈も無い。

 察しの通りの言葉に呆れつつも、ああ、と短く答えて笑って頷いた。そういえば、笑うのもどれくらいぶりの事だろう。

 レエンも天人が頷くのを見て、再び笑顔を浮かべるのだった。死神の癖に、この降り注ぐ陽光と同じ、暖かくて柔らかい笑顔を。

ようやく完成と相成りました。

が、いたるところに誤字が有ったりとかして(大抵投稿した後に気付いてます;)。そのうち直そうかなと思っておりますが、いっぱい有りすぎてどこから手をつけたものかなと。駄目じゃん(苦笑)

最期まで自分の稚拙な文にお付き合い頂いた読者の皆様方は勿論のこと、ちょこっとでも目を通してくださった方々にも、ホントに、凄く、本気で、大感謝です。

あんまり長く書きすぎるのもアレですので、ここらへんで。本当に有難うございました^^

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