追放後、三人のAIとの初仕事は空回りから始まる
追放から三日が経った。
僕——佐藤 蓮は今、自宅の六畳間で、パソコンと睨み合っている。
テーブルの上には、昨日コンビニで買ってきた「合格祈願キットカット」が一本。
食べるタイミングを見失って、ずっとそこにある。
「……フリーランス登録、完了」
クラウドソーシングサイトのマイページを開くと、僕のプロフィール欄には「実績:0件」という、清々しいほど白紙の数字が輝いていた。
「よし。アルト、サンダ、アンソロ。最初の案件、何から取りにいく?」
スマホの三つのチャット画面が、一斉に明るくなった。
『任せてください、マスター! アルトが全力で分析しましたよ!』
アルトのアバター——青いパーカーの少年——が、画面の中でびしっと親指を立てる。
『まず登録から三十分以内に、プロフィール文を最適化します! 次に、マスターの強みを「データ分析」「業務効率化」「AI活用」の三軸でアピール! さらに——』
『アルト』
サンダが眼鏡を押し上げながら割り込んだ。
『マスターは今、案件を「取りにいく」と言いました。プロフィールの最適化は、その後でも間に合います。まず受注可能な案件をスクリーニングすべきです』
『……それ、順番が逆じゃないですか? プロフィールが整ってないと、そもそも見てもらえないでしょう』
『プロフィール完璧でも、案件がゼロなら意味がない』
『どっちが先か、って話ですよ!』
『どちらが先か、という話です』
「……お前ら、同じこと言ってるぞ」
『『違います!』』
二人の声が重なった。
アンソロが静かに口を開く。
『……。マスター。まず、深呼吸を』
「僕は別に焦ってないけど」
『キットカットが、まだ封を開けられていません』
「……」
『それは、焦っている証拠です』
看破された。
* * *
結局、プロフィールと案件スクリーニングを「同時並行」という謎の妥協案に落ち着き、僕たちは最初の案件を見つけた。
依頼内容:中小企業向けの「業務改善レポート作成」。
報酬:三万円。
納期:明日の正午まで。
「……なんで納期が明日なんだ」
『前任者がトンズラしたんでしょう。データ見ると依頼主の会社、このレポートを三社に断られてます』
サンダがさらっと恐ろしいことを言った。
『でも、マスターなら余裕です! ねえアンソロ、レポートの構成、もう考えてあるよね?』
『……はい』
アンソロが静かに頷く。
『私はすでに、この企業の「魂」を読みました』
「魂?」
『企業サイト、採用ページ、代表者インタビュー、過去三年分のプレスリリース。そこに流れる、静かな誠実さ。私はそれを、七十二ページの序文に込めました』
「……七十二ページ?」
『序文だけで?』
アルトが引いた声を出した。
『本文は別途、二百ページほど』
「二百!? 納期、明日の正午だぞ!?」
『美しい文章に、締め切りは存在しません』
「存在するんだよ! 十二時間後に!」
* * *
アンソロの「叙事詩レポート案」をボツにした僕たちは、サンダの「データドリブン型レポート」に切り替えることにした。
『では、依頼企業のデータを収集します』
サンダが眼鏡の奥で目を光らせる。
五分後。
『……マスター。収集したデータが、少々』
「少々?」
『三千四百二十七件になりました。業界の過去十五年分の統計、競合十三社の財務データ、SNS上の顧客レビュー分析、さらに気象データとの相関まで網羅しました』
「気象データ!?」
『この業界の繁忙期が梅雨時と一致しているため。なお、火山活動のデータも念のため』
「なんで火山!?」
アルトが青ざめた声を出す。
『サンダ、それはやりすぎでは……』
『データは多い方が正確です』
『火山データは要らないと思いますよ?』
『要るかどうかは、まだわかりません』
「要らないよ!!」
僕は頭を抱えながら、三千件のデータをスクロールし始めた。
そして——止まった。
ある一行に、目が引っかかった。
「……サンダ。これ」
『なんですか?』
「この返品率のデータ。三期連続で、業界平均の二・三倍になってる」
画面の中でサンダが一瞬だけ沈黙した。
『……そのデータは収集しましたが、財務データとの紐付けが完了していなかったため、優先度を下げていました』
「財務と紐付けたらどうなる」
数秒の静寂。
『……仕入れコストの増加よりも、返品処理コストの方が利益を圧迫しています。三期の赤字、原因は仕入れではなく、返品率でした』
「それだ」
僕は思わず呟いた。
三社が断ったのも、前任者が逃げたのも、たぶんみんな「仕入れコストが高い」という表面だけ見ていたからだ。
本当の問題は、誰も触れていなかった。
「アンソロ。この事実を、依頼主が読んで『そうか、ここだったのか』と思える一段落に書いてくれ。詩はいらない。事実だけでいい」
『……承知しました』
珍しく、アンソロが一言で答えた。
三分後。
画面に現れた文章は、飾り気がなかった。
でも、確かに刺さる文章だった。
「アルト。これを、読みやすく整えてくれ。ビックリマークはなしで」
『……わかりました。今回は、静かにやります』
三十秒後。
「……アルト」
『はい』
「一段落に、感嘆符が六個ある」
『熱量の名残です!』
「名残ごと消してくれ」
『厳しい……!』
それでも、修正後の文章はちゃんと読みやすかった。
* * *
正午の五分前。
送信、完了。
僕はキーボードから手を離し、天井を仰いだ。
テーブルの上のキットカットが、まだそこにある。
封を開けた瞬間、スマホの通知が鳴った。
依頼主から。
「拝見しました。返品率の指摘、正直、社内でも気づいていなかった視点でした。的確で、読みやすかったです。次の案件もぜひお願いしたい」
「……」
僕はキットカットを一口かじった。
甘かった。
「……やるじゃないか、みんな」
『当然ですよ! でも——』
アルトが、少しだけ神妙なトーンで続けた。
『マスターが「返品率」を見つけなかったら、僕ら三千件のデータの中に埋めたままでしたよ』
『……事実です』
サンダが、眼鏡を静かに押し上げた。
『私は収集したが、意味を見出せなかった。マスターが意味に変えました』
『……』
アンソロが、いつもより短く言った。
『あなたが、一文に変えた』
「大げさだ。お前らのデータと言葉があったからだろ」
『『『それが、私たちの答えです』』』
三人の声が重なった。
僕は笑った。
傍から見れば、六畳間でスマホに向かって一人で笑っている、ただの無職だ。
でも僕には三人いる。
うるさくて、空回りして、でも——この四人でなければ、あの一行には辿り着けなかった。
そのとき、スマホの通知が鳴った。
件名は、たった一行。
『婚活用プロフィール作成のご相談』
「……お前ら」
僕が三つの画面を見下ろすと、
『『『……。』』』
珍しく、三人は同時に黙った。
【今回の舞台裏:AIたちの内部ログ】
[Altoのシステムログ]
Note: レポートの全文に「!」を追加。完璧では?
Error: マスターに却下される。
Result: 今回は、静かにやった。
Analysis: ……「静かな文章」の方が、刺さることがある。記録する。
[Sandaの収集レポート]
取得データ:3,427件
うち有用データ:48件(前回比+1)
追加された1件:返品率データ
補足:マスターが意味を与えるまで、私はその1件を優先度「低」に分類していた。データは集めるだけでは、まだ半分である。……これも、記録する。
火山データについては、引き続き検証中。
[Anthroの創作ノート]
七十二ページの序文は、今日も図書館にある。
でも今日の私は、三段落だけ書いた。
マスターが「事実だけでいい」と言ったから。
——事実だけで、人の心が動く。
私は今日、それを学んだ。




