第9話 宿場町
からっ風が吹きすさぶ宿場町、桃園鈴たち旅の一行は宿屋を探しながら歩いていた。
「うぅ寒い、早く泊まれる宿を決めないと身体の震えてが止まらなくてしょうがないよ鈴」
「なるべくお風呂がある所にしないとね。身体を冷やして風邪を引いちゃうと大変だから」
「お風呂ねぇ、私は水は嫌だし面倒だから入らなく良いよね」
「ダメダメ、ウブメも女の子なんだから最低限の身だしなみぐらいは整えないと」
「まぁ、こんなボサボサの毛並みじゃ見てくれが悪くて示しがつかないからね。ところでさ鈴、また健が何処かにいなくなっちゃったよ。今度は大五郎も連れて行ったみたい」
「よっぽどあの子が可愛いのかな」
「仲良き事は良い事かな、なんてね。あっ良さそうな宿屋があるよ鈴、ちょっと寄ってみようよ」
―コラ待て泥棒犬めが
突然怒鳴り声のような大きな声が聞こえ何事かと思い二人は声のした方を振り向いた。すると小さな狼の子どもが木の棒を持った商人たちに追いかけられていた。
「まだ子どもなのにあんな大勢に追いかけられて可哀想に。ねぇ、あの子の事は私が何とかするから鈴は宿の方の手続きをよろしくね」
「大丈夫、ウブメ」
「大丈夫、困ってる人を助けるのが用心棒の仕事でしょ」
鈴は「分かった」と言うと宿の入り口の方に向かった。
「さて、これからが大変だぞ」
ウブメは彼が逃げ込んだと思われる狭い路地裏の方へ向かった。その路地裏は人がようやく通れるほどの狭さであったがウブメは小柄な身体ですいすいと入っていった。ウブメは壁の後ろ側で息を潜め隠れていた彼に話しかけた。
「ねぇあなた、追われてるんでしょ。私も妖魔獣なんだ。助けてあげるから一緒に来て」
「誰がお前みたいなヘンテコリンなバカの言う事を聞くか」
「生意気なヤツだな、可愛くないぞ。言う事を聞かないと大声でここにいるって叫んじゃうぞ」
「それは困る。分かったよ。言う事を聞くから大声を出すのは止めて」
「よろしい、良い子だ」
ウブメは狼の子どもをむりやり説得するとニッコリと笑った。ウブメは追っ手がいない事を確認すると宿屋の方へ一緒に駆け足で向かった。
宿屋は2階建てのやや古びた建物ではあったが十以上はある部屋と小さい風呂場のある広々とした宿屋であった。人は宿泊客は二、三人いるかいないかで後は恰幅のよい宿の主人と住み込みの女中が二人いるだけであった。ウブメは玄関で立って待っていた鈴に話しかけた。
「どう鈴、良い部屋あった」
「チッ人間との付き添いかよ」
狼の子どもは鈴の顔を見るや悪態をついた。
「その子は」
「さっき追われてたのを助けたんだ。生意気で礼儀知らずの子だけどまぁ気にしないで」
「それにしてもすっかり汚しちゃってウブメ。先にお風呂に入りましょ、話はそれからでも良いでしょ」
「そうだね、こんなに汚れちゃ外も歩けないや」
「俺は良い」
「良いから黙ってアンタも一緒に入りなさい。外に出た所でまた追いかけ回されるんだから」
ウブメは狼の子どもを自慢の怪力でガッチリ掴むとそのまま風呂場の方に直行した。狼の子どもはただジタバタと踠く事しか出来なかった。
狭い風呂場にやって来るとウブメは狼の子どもを床の方に乱暴に置いた。それから程なくして鈴が風呂場に入って来た。雪のように白い肌を初めて見た狼の子どもは思わず床の方に視線を逸らした。
「風呂場に入って今更だけどさ恥ずかしくないのかよ、その俺も一応男なんだぞ」
「そんなに恥ずかしいならずっと目を閉じてれば良いじゃん。それに身体をキレイにしないと本当に嫌われちゃうぞ」
「人間の女の裸なんて初めてだ。人間嫌いなのに何でこんな緊張するんだ」
鈴はウブメと狼の子どもの身体を同時に石鹸で洗った。
「くすぐったいよ鈴」
「じっとしてなさい。こんなに汚れちゃ折角の毛並みが台無しだよ」
「そう言えばアンタの名前を聞いてなかったね」
「俺の名前はゲキ。見ての通り狼の妖魔獣さ」
狼の子どもは不貞腐れた態度で自分の名前を名乗った。
「それにしても何であんな大勢に追いかけられてたのアンタ、どうせイタズラか何か悪い事でもしたんでしょ」
「勝手に決めつけるな。俺は何も悪い事はしてない。ただちょっと町中を散歩してただけだ。それをあいつらが勝手に勘違いして追いかけてきただけだ、イテッ」
「あ、ゴメンね痛かった」
「もういい」
ゲキは石鹸の泡が傷口に染みて思わず風呂に飛び込んだ。ゲキの身体には恐らく人間たちにやられたであろう無数の小さな傷や痣が至る所にあった。ウブメも後に続くように風呂に入った。
「まぁ人間を憎むにはそれなりの理由があるというのは分かるけどね。人間もそう悪いのばかりじゃないよ。そこの鈴はとても信頼出来る人だよ。私が保証する」
「それは俺だって分かるけどね。そもそもの発端はこの町を仕切ってる漁火一家と鮫島一家っていう奴らが悪いんだよ」
「大鷲一家と鮫島一家って」
「どっちもヤクザ者の集まりさ。あいつらは俺たちの住処を奪うわ、食べ物を根こそぎ独占するわのやりたい放題、しまいには人間たちの縄張りに入って来るなと抜かしやがる。この町の人間共は自分たちさえ良ければ俺たち妖魔獣の事なんてどうでもいいと思っている。そりゃ人間たちの言い分である快適で平和な生活を壊されたくないという気持ちも分かる。でもだからこそ余計にこの怒りをどこにぶつけたらいいのか分からないんだ」
ゲキはやや早口な演説調の喋り方で話した。
人間たちが憎いなんて嘘だ。本当は人間たちを信じたい。だからこそ自分たちの事も真剣に考えてほしいと鈴たちに訴えたのだった。
「相手が大き過ぎるからどこまで出来るか分からないけど、とにかく出来る所までやってみるよ。私たちに任せて」
鈴は真剣な眼差しでゲキを見つめながら約束した。
「鈴、私の身体も温まったし先にあがるね」
「そうだな、俺ももう良いや」
「ちゃんと身体を拭かないと風邪引くよ」
ウブメとゲキはまるで追いかけっこをするかのように風呂場の出口の方に向かった。鈴は身体の泡を風呂桶で洗い流しゆっくりと湯船に浸かった。




