第1話 山の伝説と龍の顎
人里離れた山奥、一人の少女と一羽の鳥が険しい山道を歩いていた。桃園鈴は後ろに結んだ長い黒髪と凛々しい顔立ちをした可憐な人間の少女である。鈴の隣にいる鳥はウブメという名で彼女の相棒である。ウブメは桃色の身体、大きな鳶色の瞳、ふわふわの羽毛、黄色いくちばし、手足の鋭い爪が特徴的な雀の妖魔獣である。
妖魔獣とは人間でも動物でも無い不思議な生物たちの総称の事である。この妖魔獣たちは人間たちと同じように喜怒哀楽の感情を持ち、人間たちと同じように言葉を理解し、話す事が出来る。ただ人間と違う点はそれぞれが大小様々な特殊能力を持ち、人間には出来ない芸当が出来る事である。そんな人間と妖魔獣たちは互いの能力を認めあいながら協力しあい一緒に生活していた。
二人は山道を同じ速さで歩きながら談笑していた。
「いいウブメ、私たちがこの龍ヶ岳に来た目的をもう一度確認するね。この山の頂上にある龍の顎という名前の洞窟の中にあるといわれる龍の卵を見つけて持ち帰るのが今回の目的だよね」
「龍の卵を見つけると言っても本当にあるのか分からないんでしょ。そもそも本物を見た人なんていないわけだし」
「まあね。私も色んな書物で読んだだけだから」
「そうそう話が変わるけど鈴。この山のもう一つの伝説と言うか噂だけど人食い鬼が出るらしいよ」
人食い鬼、かつてこの山は金銀が採れる宝の山だった。だが一方で悲劇が起きた場所でもある。採掘作業中に労働者たちが生き埋めになり一人を除く全員が死んだ痛ましい事故が起きた。やがて救助にやって来た役人たちはその現場の惨状に驚き恐れ慄いた。壁にへばり付いた血の痕、バラバラになった人体や抉れた肉が辺り一面に散らばっていた。ただ一人の生存者である男は仲間たちの肉を食らい生き延びていたのだ。懸命の捜索にも係わらずとうとうその男が見つかる事はなかった。そしてこの事故以降、誰もこの山に近寄らなくなり、人を食らう鬼が出るという根も葉も無い噂が町中で囁かれるようになったというわけである。
二人は山の頂上の龍のあぎとにたどり着いた。
「ここが龍の顎か、何かこじんまりとした場所だね鈴」
「うん」
洞窟は伝説と呼ばれるにはあまりにも小さかったが異様な雰囲気が漂っていた。そして洞窟の中は薄暗く、明かりが無いとまともに見えなかった。ウブメは道に落ちていた木の棒を手に持ち口から火を吐き即席の松明を作った。二人は洞窟の中に入った。壁には蛇のような古代文字が書かれていた。
「何て書かれているか分かる鈴」
「えっと、汝心清らかな者ならば龍の言葉を聴け、葬られし無念の魂を忘れるな、全てを司りし者との戦いを覚悟せよ、覚悟ある者ならば偽りなき真実を我に見せよ、汝の真意を認めし時、不屈で勇敢なる戦士、永遠に汝の強大なる力にならん」
鈴は壁の古代文字について書かれた書物を読んだ事を思い出しその記憶を頼りに壁に書かれた文字を読んでみた。
「正確かどうかは分からないけどおそらくこういう事が書かれているんじゃないかな」
「お宝が何処にあるかこの中に書かれてるってことね」
ウブメは古代文字が書かれた壁に寄りかかりながら壁に書かれていた文章の意味について考えた。するとカチッという音が聞こえた。突然、物凄い地響きが起きたかと思うと壁が真っ二つに開いた。その壁の先は人間一人がやっと通れるような通路だった。鈴は通路の先を松明を掲げながら確認した。
「私が先にいくよ鈴。こういうのって罠とかあるかもしれないから」
「分かった、先をお願いするねウブメ」
ウブメは勇み足で通路に進んだ後、鈴はついてくるように入っていった。少し歩いた先に眩しい光が見えた。そこは神棚が祀られているだけの狭い室内だった。眩しい光の正体は祠に祀られていた卵の形をした謎の球体だった。鈴とウブメはその球体の前に恐る恐る近づいた。
「それにしてもこんな簡単に龍の卵とやらが手に入るなんて何か悪い事でも起きそうな予感がするな」
「縁起でもない事言わないのウブメ」
二人は室内にあったその球体を手に入れると急ぎ足で龍のあぎとを後にした。




