001.俺
私は、猫山猫蔵、ネクラと呼ばれている。 家族は既に居ない。
名前に猫が並んでいても別に猫を飼っているわけではない、犬派か猫派かと聞かれれば猫派というぐらいだ。
某メーカーに勤務していたが、今どきのファイアーってやつで定年を待たずに退職した。
ファイアーと言っても、別に魔法で火を出せるわけでもない、単なる希望退職だけどね。
調べたら “Financial Independence Retire Early” の略らしい。
退職金や失業手当をもらったため今のところ生活に問題ない、
そのうち年金も貰えるだろう・・貰えるかな?
更に株式の売買等で収入が得られるから少しだけ余裕もある。
会社の制度が変わったり、色々納得いかないので見切りをつけた・・“老兵は去るのみ” だ、
別に大した功績はなかったけどね。
以前、会社の研修でライフワークバランスの講座があった。今の消費スタイルにインフレ率を累算し、ライフイベント費を差し引いていく、
その退職後の残留資産を見ていくと。長生きしても充分やっていけるみたいだ。
もちろん、想定外の出費は発生するのでシミュレーション結果は正しいとは言えない。
その時思った、嫌なことがあったら辞めてしまえばよいのだと。
正確に言うと “これから嫌なことが起こる” と予想してだけど。
定年年齢が高くなるかもしれない、そうなれば退職金を満額得るためにはまだまだ働かないといけない。
事業再編があれば、高齢者は再編後の後処理に回されるかもしれない。配置転換で今更新しい仕事を覚えるのも嫌だな。
失業手当の給付条件も改悪されていくだろうと予想される。
昔は担当者が一人だったけど、今なら同種の仕事をしている者が複数居る、なので業務の引き継ぎができる。
そうだ、辞めるなら今だ、と希望退職募集があれば手を挙げると周囲に周知しておいた。
そしてグッドタイミングでファイアーする事が出来た。
“退職したらやることがなくて困る” とよく聞くがそんな事は一切なかった。
それを言うなら “やることが出来なくなって困る” だ。
年を取れば視力や体力もなくなり思ったように出来なくなることが増える。
今から考えてみれば在職中のほうが、短い時間なりに結構色々と趣味を充実させていた。
そんな私の趣味の一つはバードウォッチングというやつだ、と言っても、巨大バズーカをかつぐ体力もないし気力もない。
適当に野鳥撮影をしている程度だ。ついでに山の撮影とかも加えて楽しんでいる。
野鳥の鳴き声や、名前もおぼつかない。 証拠写真を取って後で調べる程度。
人間だって顔を覚えられないのに鳥の事なんて覚えられるはずがない。
“軟弱バードウォッチャー” というやつだ。
今回、年に一度の撮影ツアーで一人山道を歩いている。
ツアーと言っても自分で計画して行く “遠征” というやつだ。
一人で行くのは、仲間を集めてしまうと行きたくないときにも行かないと仲間外れにされたり、仕切る人が居たりと、色々と嫌なことが多いからだ。
そして何より体力がないので皆についていけない。
一人遠征が気楽でいい、趣味なのだから。




