5 ルフェル兄ちゃんとの出会い
「ルフェル兄ちゃん、そろそろお昼ごはんの時間だよ。今日は何が食べたい?」
僕はコタツでぼーっとテレビを見ているルフェル兄ちゃんに声をかけた。
「⋯⋯今ちょうど二日目のカレーにするか、ラーメンの半熟卵乗せにするかで小一時間ほど悩んでいたところだ」
「こ、小一時間も悩んでたの?それならどっちも食べたらいいんじゃない?」
「二日目のカレーの場合、おかわりしたいから両方食うのは無理だ。生憎まだそんなに腹も減ってないしな」
「僕たち今日はずっと部屋でのんびりしてたもんね。実は僕もまだあんまりお腹空いてないんだ」
僕とルフェル兄ちゃんは朝一番で冒険者ギルドに足を運んだものの、今日はルフェル兄ちゃんのやる気が出る依頼がなかったから、僕らが拠点にしているこの部屋に戻ってきた。それからずっとコタツでまったり過ごしている。
ルフェル兄ちゃんは僕にとって二人目のお兄ちゃんだ。兄ちゃんと言ってもまったく血のつながりはなく、僕とルフェル兄ちゃんは、まだ兄弟になりたてほやほやの関係だ。
僕たちが出会ったのは、実のお兄ちゃん(ややこしいから実のお兄ちゃんはセドリック兄ちゃんと呼ぶ)が十二歳になり、王都の学園に入学して寮生活が始まったのがきっかけだ。
僕の幽霊を恐れている叔父さんは、セドリック兄ちゃんを貴族の子どもが通う学園には入学させてくれたけど、王都まで行く旅のお金をとんでもなくケチった。
伯爵家の馬車を出してくれなかったのはもちろんのこと、『王都へは乗り合い馬車で行け!』と言って、セドリック兄ちゃんにちょっぴりのお金と学校の制服だけを持たせて、追い出すように屋敷から送り出したのだ。
旅のお金がどれくらいちょっぴりだったかと言うと、計算してみたところ片道の乗り合い馬車代と、治安のよくない場所で知らない人たちと大部屋で雑魚寝する安い宿代が一泊分と、食事は一日にパンが一個買える分くらいしかなかった。
宿代は後から調べて知った情報。伯爵家の領地から王都まで行くには途中で二泊しなくちゃならないんだけど、もう一泊はまさかセドリック兄ちゃんに野宿させるつもりだったの……?
もちろん僕がセドリック兄ちゃんにそんな過酷な旅をさせるわけがなく、隣街で馬車を降りてもらって人目の付かない場所で魔法の部屋のドアを出し、学園の寮の受け付け開始の日まで僕らはそこで気ままに過ごした。
セドリック兄ちゃんは学園の勉強の予習をしたり、僕の転移魔法でこの世界の観光名所を二人で見て回ったりした。空間魔法のおかげでお弁当と水筒を持ち歩かなくていい手ぶらの遠足を、僕もセドリック兄ちゃんもめちゃくちゃにはしゃいで楽しんだ。前世では家族旅行に連れて行ってもらったことがないから、お兄ちゃんと旅行ができて嬉しかった。
入学式のちょっと前に王都に転移してセドリック兄ちゃんを学園に送り届け、僕もこっそり学園に侵入して寮の部屋の壁に魔法の部屋のドアをばっちりと取り付けた。セドリック兄ちゃんの学園の寮は一人部屋だから、伯爵家にいた頃に比べて気軽に会えるようになったのが嬉しい。
ただセドリック兄ちゃんが学園で授業を受けている間、僕は完全に暇になってしまった。
伯爵家にいた頃は幽霊を怖がらない叔母さんがセドリック兄ちゃんに八つ当たりをしに来ることがたまにあった。今まで削りに削っていたセドリック兄ちゃんの教育や衣食住にあてるお金が元に戻った分、叔母さんの遊ぶお金が減ったからだそうだ。
そういう時は魔法で本物そっくりに作った動く虫や蛇のおもちゃを投げつけたりして叔母さんを撃退する任務が僕にはあったんだけど⋯そんな危険な伯爵家と違って、王都の学園はとても安全な場所だ。
前みたいにセドリック兄ちゃんを四六時中見守る必要がなくなった僕は、空間魔法と創造魔法で前世で住んでいたアパートに似ている部屋を作ってみたり、その部屋の外に庭も作って家庭菜園も始めてみたりもした。
それでも暇を持て余した僕は、前世の記憶を頼りに、王都の冒険者ギルドを訪ねてみたんだ。
前世の小学校の図書室には子ども向けの異世界ものの小説が置いてあった。人気だったから、僕も借りて読んだことがある。小説の中では小さな子どもが冒険者になって薬草を摘む仕事をしていたから、ひょっとしたら冒険者ギルドに行けば八歳の僕でも仕事がもらえるんじゃないかと期待していた。でも──
「この世界の冒険者登録、十歳からだった⋯⋯」
受付のお姉さんにお断りされてしまった僕がしょんぼりしながら冒険者ギルドを出ようとしたところで、ちょうどギルドにやってきたルフェル兄ちゃんと出会った。
「おい、そこの小さいの。お前は冒険者になりたいのか?」
ルフェル兄ちゃんは、十二歳のセドリック兄ちゃんよりも三~五歳くらいは年上に見えた。前世でいうと中学生か高校生くらい?短い銀髪に青い目の、優しげな顔立ちのセドリック兄ちゃんとはタイプの違う、キリリとしたイケメンだった。
「お前が俺の弟になるなら、一緒にパーティーを組んでやるぞ」
初対面の僕はルフェル兄ちゃんに弟になるよう勧誘された。弟って、勧誘されてなるものだっけ?
「あの、僕は十歳未満なので冒険者登録できないんです。それに僕にはもうお兄ちゃんがいるので間に合ってます」
「なんだ、知らないのか?家族とパーティーを組む場合は十歳以下でも冒険者登録できるぞ。申請も実績のある年長者が『家族だ』と申請すればそれで通る。兄なんて一人や二人増えたところで別に問題ないだろう」
話を聞いてみると、ルフェル兄ちゃんは久しぶりに会った同い年の親戚に五歳の弟ができていて弟自慢をされまくり、羨ましくなったのだそうだ。
「親に五歳くらいの弟が今すぐほしいとねだったが『無茶を言うな』と断られてしまってな。だから街にそれくらいの年の弟候補を探しにきたら、ちょうどお前が目に入った。お前、五歳くらいだろ?名前は?俺はルフェルという」
「僕はニコラです。八歳です、こう見えて」
「八歳か。意外と年がいってるな。だがまあいい。俺の弟になるなら今すぐにでもパーティーを組んでやるぞ。俺はランクAでまあまあ強いから申請も即座に受理されるし、弟特典でドラゴンを倒すところも特別に見せてやる」
ルフェル兄ちゃんはちょっと強引でマイペースな人だった。ドラゴンは見てみたいけど、倒すところは血とか出て痛そうだから別に見たくない。この人の弟になるのは断ろう、そう思ったけれど──
「あの、ルフェルさんの弟になってもいいですけど、その代わり条件があります」
「条件か。いいぞ。言ってみろ」
「えっと、ここじゃちょっと⋯⋯」
「なんだ?他人に聞かれちゃ困る話か」
僕たちが話していたのは冒険者ギルドの出入り口のど真ん中だった。普通なら邪魔だって言われそうな場所なのに誰も文句を言わないのは、相手がルフェル兄ちゃんだからみたいだ。
冒険者の人たちが僕らを避けてギルドに出入りする時にルフェル兄ちゃんをちらちら見ながら「見ろよ、白銀だ」「あれが噂のランクAか」と、ひそひそ話す声が聞こえていた。
「おい、聞いたか?今まで誰とも組まなかったあの孤高のランクA白銀のルフェルが、パーティーメンバーを勧誘してるらしいぞ!」
誰かが大声でそう叫んだ途端、興味津々といった様子の冒険者の人たちが集まってきて、僕らの周りにたちまち人垣ができてしまった。
「急にうるさくなったな。静かに話せる場所なら俺が良い場所を知ってるから移動しよう」
ルフェル兄ちゃんはそう言って僕をひょいっと抱っこすると、魔法でどこかの森の中に転移した。
「ここは国境にある魔獣の森だ。ランクB以下の冒険者が入ったら死ぬから滅多に他人と出くわさない。密談にはうってつけだろう。たまに魔獣が襲ってくるが、その時は俺が倒してやる」
ルフェル兄ちゃんが物騒な森の中で話し合おうとするものだから、僕は魔法で作った前世のアパート風の部屋に、初めてのお客さんとしてルフェル兄ちゃんを招待することにしたんだ。




