4 叔父さんへのプチ復讐
魔法の部屋でお兄ちゃんが寝静まった深夜、僕はこっそり起き出した。叔父さんへの復讐はお兄ちゃんには内緒の作戦だ。本当は派手に復讐したいけど今はまだそれはできないから、今日はプチ復讐で我慢する。
叔父さんたちが伯爵家に来てすぐにお兄ちゃんに勉強を教えていた家庭教師の先生たちはみんなクビにされてしまったから、お兄ちゃんはこの半年の間勉強できていない。昼間の僕とお兄ちゃんは庭師さんを手伝ったり裏庭で洗濯の手伝いをしたりと、叔父さんの命令でひたすら働かされていた。
お兄ちゃんは八歳だ。はっきりとは覚えていないけど、確かこの世界の貴族の子どもは前世でいう小学校高学年くらいの年になると学校に通うはずだ。
この調子だとお兄ちゃんは学校へ通わせてもらえないんじゃないだろうか。もし通わせてもらえても満足に予習もできていない今のままじゃ、学校の授業についていけないかもしれない。
僕は魔法で何でもできるようになったけど、さすがにお兄ちゃんを学校へ通わせてあげることまではできない。悔しくてもまだ叔父さんたちをやっつけるわけにはいかなかった。
そっとベッドから降りた僕は、前世を思い出す前に朝から晩まで着ていた寝間着に着替えた。毎日それを着て働いていたから、白いワンピースのような寝間着は薄汚れてあちこち擦り切れている。
次に姿変えの魔法で肌の色をかなり青っぽい白に変えた。まぶたを開けていても閉じていても僕を見ている相手からは白目の部分までも全部が真っ黒に見えるように目も変化させた。
鏡で自分の姿を確認すると、ものすごく幽霊っぽくて大満足の出来ばえだ。
僕は転移魔法で叔父さんが寝ている部屋に移動した。この姿で叔父さんを脅かしてやるのだ。
屋敷には半年前まで住んでいたから、間取りはばっちりわかっている。叔父さんが寝ているのは、お父さんとお母さんの寝室だった部屋だ。
この世界のお父さんとお母さんは前世と正反対のとても優しい人たちだったから、離れ離れになった今、思い出すと泣きそうになる。
(濡れ衣を雪いで、お父さんたちも早く助けてあげなくちゃ)
部屋の中は魔道具の灯りでぼんやりと照らされていた。大きなベッドの上には叔父さんが一人で大イビキをかいている。叔母さんは見当たらないから、別の部屋で寝ているのかな。
このままベッドの脇に立って叔父さんを脅かしてもいいけど、せっかくだからもうちょっと怖がらせたい。
「あ、そうだ」
僕はベッドの脇から、寝ている叔父さんと布団の間に転移した。叔父さんの突き出たお腹の上に猫みたいに丸まった僕が乗っかって、その上から布団が被さっている状態だ。布団の中と叔父さんのパジャマは寝汗でじめっとしていてなんだかイヤだな⋯と思っていたら、僕の重みで苦しくなったのか、叔父さんが「ううーん」と唸りながら薄く目を開けた。
青白い肌で目が真っ黒な幽霊の変装をした僕と至近距離で目が合った叔父さんは、目を限界まで見開いて固まっていた。
「ヨクモ⋯⋯ヨクモ、ニイサマヲブッタナ⋯⋯」
僕はできるだけ低い声でそれだけ言うと、すぐさま魔法の部屋に転移して姿変えの魔法を解いた。
屋敷を抜け出した僕がどこかで力尽きて幽霊になったと叔父さんが信じてくれればもう僕を探さなくなるだろうし、幽霊の僕を怖がって、お兄ちゃんにひどいことをしなくなればいい。
次の日。
魔法でお兄ちゃん以外の人からは見えなくしている僕は、てくてくと庭を歩いて屋敷に叔父さんの様子を見にいった。お客さまを迎える部屋のあたりが騒がしいのでのぞいてみると、朝から教会の人が何人も呼びつけられていた。
「俺の寝所に昨夜、禍々しい子どもの姿をしたレイスが出たのだ!屋敷中を隈なく調べ尽くして魔の者を祓ってくれ!」
「そう仰られましても、お屋敷全体からは特に邪気などは感じられませんけれど⋯⋯」
「いいからっ、さっさと言われたとおりにしろっ!!」
叔父さんに命令された教会の人達は、やる気なさげに屋敷の中をうろうろと歩き回っていた。
叔父さんは教会の人たちにはレイスの正体が行方不明になった僕だとは伝えなかったけど、昨日の僕を幽霊だと信じてくれたみたいでほっとした。
うっかりして体温は人肌のままで叔父さんに密着したから、信じてくれるかちょっとだけ不安だったんだ。
僕はプチ復讐の仕上げとしてその日から毎日、叔父さんが寝ている部屋の壁一面に、赤い絵の具でメッセージを書いた。『兄さまに家庭教師をつけろ』『学校には絶対に通わせろ』『ごはんも服もきちんと与えろ』などなどだ。
教会の人たちにお祓いしてもらっても続く怪奇現象に恐れおののいた叔父さんは、僕のメッセージどおりにしてくれた。
叔父さんはお兄ちゃんを今までのボロい小屋から屋敷の離れの一部屋に移した。父さまたちが生きていた時と同じように家庭教師を雇い直し、一セットしかなかった服も新しいものが少しだけ増えた。部屋に運ばれてくる食事も、それまで毎日運ばれていた冷え冷えの具なしスープと硬いパンから、まともな食事へと変わった。
使用人の人たちに混じって働けとも言われなくなったし、これならお兄ちゃんをきちんと学校に通わせてくれそう。
僕の魔法の部屋のドアはお兄ちゃんの部屋の壁につけ替えたから部屋は隣同士だけど、僕が一人で小屋を抜け出して行方不明になったことにしたせいで、お兄ちゃんの部屋には夜中もメイドさんが様子を見にくるから、お兄ちゃんと一緒に魔法の部屋で眠ることはできなくなってしまった。
でもお兄ちゃんの部屋の前に付けた防犯カメラでメイドさんたちの訪問をチェックしながらだったらお兄ちゃんと秘密のお茶会を楽しむことはできたし、小屋にいた時よりもお兄ちゃんに会える時間は減って寂しくはあったけど、お兄ちゃんが前みたいにお肌も髪もツヤツヤになって明るく笑ってくれるようになったから、叔父さんへのプチ復讐が成功して本当によかった。




