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滝の王国の悪役令嬢 ――ある修行僧の再来  作者: 南蛇井


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滝の変調 ――水が“言葉”になる

その夜、谷には風がなかった。

にもかかわらず、滝は怒るように唸り始めた。

水の音が、山を打ち、空を裂き、

まるで誰かがこの世の奥底から呼吸しているようだった。


クレアは、寝床の粗末な布を蹴飛ばして外へ飛び出した。

霧が濃い。視界のすべてが白く震えている。

それは冷気ではなく――水そのものが、

焦っているように見えた。


「お嬢様! どこにおられるのです!」


返事はなかった。

ただ、滝の音がそれに応じるように高鳴った。

耳を澄ませば、その轟きの中に――

“言葉”が混じっている。


アメリアは滝の裏、

岩壁の暗い隙間に立っていた。

月の光が霧の膜を抜けて、

彼女の濡れた頬をかすかに照らす。


「……まだ、乾いている」


それは、滝の声だった。

彼女の唇は動かない。

それなのに、確かに“語られて”いる。


クレアの背筋を氷の糸が這う。

滝の水が、言葉になっていた。

一滴一滴が、まるで古い祈りを紡ぐように音を立てる。

その韻律は、静謐で、残酷だった。


「乾いている……まだ……この国が」


クレアは息をのんだ。

滝の音が、まるで王都の鐘のように響く。

遠く離れた場所にまで届いてしまうような気がした。


夜が明けるころ、

滝の勢いは急に弱まった。

水音が細り、岩を伝う音が消える。

滝はまるで“言葉を使い果たした”かのように沈黙した。


アメリアは、濡れた髪を払って空を仰ぐ。

瞳の奥には、淡い光――それとも涙――が滲んでいた。


「聞こえましたの。

 水は、まだ息をしていると……」


クレアは何も言えず、ただ頷いた。

滝の足元では、昨夜の轟音が嘘のように静かで、

小さな水たまりにだけ、空の残り月が揺れていた。


その翌朝。

王都セレーヌでは、未明から雨が降り続いた。

屋根瓦を叩く雨音が、まるで滝の再現のように街を覆う。

王立記録庁の観測史上、

“最も湿った日”として記録された。


だが、誰も知らなかった。

その雨が――滝の言葉の“返事”だったことを。

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