幻視 ――水の記録
洞窟の奥に沈む静寂が、ふいに震えた。
空気が波打つように揺れ、壁面の岩肌が微かに光を帯びる。
アメリアがゆっくりと目を開けると、
そこには――かつて滝があった日の光景が、光の水となって甦っていた。
岩壁を伝う銀色の線がひとつ、またひとつと増え、
やがて洞窟全体が透き通る滝霧のように満たされていく。
それは記憶であり、祈りであり、世界の呼吸そのものだった。
霧の中から、人の姿が現れる。
リュカ――湿度の書を抱き、哲学的な微笑を浮かべる。
セシル――筆を握り、詩の断片を宙に描こうとしている。
クレア――濡れた制服の裾を整え、真っ直ぐにアメリアを見つめる。
レオン――滝の下で目を閉じ、赦しを祈る姿のまま。
彼らは言葉を発さず、ただ微笑んだ。
霧のような眼差しの中で、
アメリアの胸に淡い光がともる。
しかし、次の瞬間――
その像たちは、まるで波に溶けるように形を失った。
人の形は流れに戻り、
名前も、顔も、すべてがひとつの巨大な水流の幻影となって洞窟を満たす。
声:「すべては、流れであり、名である。
名は滝に刻まれ、滝は名を忘れる。」
その声は、もはや内にも外にもない。
世界そのものが語っているようだった。
アメリアは立ち尽くし、
その幻の滝を瞳に映す。
そこには、落ちることも止まることもない流れがあった。
形を持たず、だが確かに脈打つ“永遠の水”。
それは外の滝ではない。
アメリア自身の意識――
彼女の思考、記憶、祈り、そのすべてがいま、
静かに流れへと変わりつつあった。
彼女は息を吸い、
その流れの音を、胸の奥で聴いた。
アメリア(囁く):「……これが、私の滝。」
光が滲み、空気が透きとおり、
洞窟のすべてが“水の記録”となって震えていた。




