沈黙の底
滝が枯れてから、もう幾年が過ぎた。
かつて「白露の段」と呼ばれたその地は、
いまや岩に囲まれた寂しい窪地となっている。
風さえも音を立てず、ただ乾いた石が太陽の光を跳ね返すだけだった。
人々が“滝の聖域”と呼んだその場所に、
いまは誰も近づかない。
信仰も記録も、すべてが時間に風化されていた。
だが、その中心――ひときわ深くえぐれた滝壺の底には、
まだ“なにか”が残っていた。
乾いたはずの地面の奥から、
微かに「水のような音」がするのだ。
耳を澄ませば、それは流れているのではなく、
息をしている音のように思えた。
その日、ひとりの女がそこを訪れる。
白い外套に、褪せた銀の髪。
老いをも若さをも拒んだような静かな佇まい――アメリアである。
彼女は滝跡の崖に手を添え、
かつて水が落ちていた線をゆっくりとなぞる。
指先には、ほんのわずかに湿り気があった。
アメリア(小声で):「まだ……息をしているのね。」
その声に応えるように、
岩壁の奥――黒く細い裂け目から冷たい風が吹く。
アメリアは迷わず、その闇の口へと歩み寄る。
岩肌は鋭く、冷たかった。
けれどその奥には、かすかな光が揺れていた。
彼女は衣を整え、腰を低くしてその裂け目をくぐる。
そこは、滝の裏側――水底の洞窟。
もう水など一滴もないのに、空気が“湿っている”。
それは幻の水気、記憶としての水分だった。
壁のあちこちに、
細く、青白い光が糸のように走っている。
それは、かつて流れていた水脈の名残。
光の糸が無数に垂れ下がり、
洞窟全体が、静かな銀の雨に包まれているように見えた。
アメリアは足を止め、静かに息を吐いた。
洞窟の空気は重く、
その息が音もなく闇に溶けていく。
アメリア:「ここが……滝の、心臓。」
その瞬間、
岩の奥から――確かに――水の鼓動のような音が、
かすかに響いた。




