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滝の王国の悪役令嬢 ――ある修行僧の再来  作者: 南蛇井


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32/41

沈黙の底

滝が枯れてから、もう幾年が過ぎた。


かつて「白露の段」と呼ばれたその地は、

いまや岩に囲まれた寂しい窪地となっている。

風さえも音を立てず、ただ乾いた石が太陽の光を跳ね返すだけだった。

人々が“滝の聖域”と呼んだその場所に、

いまは誰も近づかない。

信仰も記録も、すべてが時間に風化されていた。


だが、その中心――ひときわ深くえぐれた滝壺の底には、

まだ“なにか”が残っていた。

乾いたはずの地面の奥から、

微かに「水のような音」がするのだ。

耳を澄ませば、それは流れているのではなく、

息をしている音のように思えた。


その日、ひとりの女がそこを訪れる。

白い外套に、褪せた銀の髪。

老いをも若さをも拒んだような静かな佇まい――アメリアである。


彼女は滝跡の崖に手を添え、

かつて水が落ちていた線をゆっくりとなぞる。

指先には、ほんのわずかに湿り気があった。


アメリア(小声で):「まだ……息をしているのね。」


その声に応えるように、

岩壁の奥――黒く細い裂け目から冷たい風が吹く。

アメリアは迷わず、その闇の口へと歩み寄る。


岩肌は鋭く、冷たかった。

けれどその奥には、かすかな光が揺れていた。

彼女は衣を整え、腰を低くしてその裂け目をくぐる。


そこは、滝の裏側――水底の洞窟。

もう水など一滴もないのに、空気が“湿っている”。

それは幻の水気、記憶としての水分だった。


壁のあちこちに、

細く、青白い光が糸のように走っている。

それは、かつて流れていた水脈の名残。

光の糸が無数に垂れ下がり、

洞窟全体が、静かな銀の雨に包まれているように見えた。


アメリアは足を止め、静かに息を吐いた。

洞窟の空気は重く、

その息が音もなく闇に溶けていく。


アメリア:「ここが……滝の、心臓。」


その瞬間、

岩の奥から――確かに――水の鼓動のような音が、

かすかに響いた。

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