“滝のない滝”
再び、滝が流れ出すことはなかった。
白露の段には、乾いた岩肌だけが残り、
その裂け目に陽光が差すと、まるで透明な水流の幻が走るように見えた。
けれど、もはや誰もそれを「滝が死んだ」とは言わなかった。
人々は静かに働き、語り、そして――ときおり、風の音に耳を澄ませた。
それが祈りの形になっていた。
王都では井戸端に集う女たちが、桶の底に耳をあてて笑い、
詩人たちはインクを使わず、
呼吸で詩を描く“息の朗読”を始めた。
子どもたちは、地面に指で水の字をなぞって遊んだ。
かつての滝庁の建物は、
壁に蔦が這い、湿度計が静かに錆びていった。
だが、その空虚さはどこか美しく、
通り過ぎる者は自然と声を潜める――まるでまだ祈りがそこに残っているかのように。
クレアは、丘の上から王都を見下ろしていた。
報告書も印章ももう必要ない。
彼女は掌を開き、そこに風を受ける。
「滝はもう、どこにでもある。
息の中に、水の名残があるのです。」
遠くの山影に、かつて滝があった場所が見える。
その白い筋はもう流れてはいない。
けれど、陽炎のように震えて、
まるで見えぬ流れがまだ続いているかのようだった。
アメリアは最後までその場所に留まった。
滝の跡の岩に腰を下ろし、
ゆっくりと空を仰ぐ。
風が彼女の髪を撫で、
かすかに、どこからともなく音がする――
水ではない、しかし確かに“滝の気配”を孕んだ静寂の音。
アメリア:「聞こえますか――これが、沈黙の滝の音ですの。」
その唇の動きが止まると、風が一度だけ、柔らかく吹いた。
そして、彼女の影が岩に溶け、
まるでその身までも“滝の余韻”に変わったようだった。
――その年、王国の空は乾いていた。
けれど、人々の胸の奥には、
確かに、見えぬ滝の音が流れていた。




