表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
滝の王国の悪役令嬢 ――ある修行僧の再来  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/41

アメリアの言葉 ――“地の底の息”

白露の段。

かつて王国を潤した滝の聖域は、いまや沈黙の峡谷となっていた。


陽光が岩肌に降り注ぎ、乾いた白が目を刺す。

滝壺はひび割れ、そこに溜まった小石が、風に擦れあってかすかに鳴る。

それは――かつて水が奏でていた音の、遠い残響のようだった。


アメリアは、ひとりその場に立っていた。

かつて祈りを捧げ、断罪を受け、そして王都を変えた女。

彼女の裾は乾いて、もう重さを持たない。

だが、その瞳にはまだ水の記憶があった。


やがて、遠くから馬の蹄の音が近づく。

乾いた音。

それは久しくこの地で聞かれなかった“陸の音”だった。


クレアが駆けてきて、アメリアの前に立つ。

彼女の頬も、かつてのように濡れてはいなかった。


クレア:「……お嬢様。滝が、死にました。」


沈黙。

アメリアはその言葉を、まるで一滴の水を舌に転がすようにゆっくりと受け止める。

そして、風の向きを確かめるように顔を上げた。


アメリア:「いいえ。沈黙したのではありません。

 水が、地の底で息をしているだけです。」


その声は不思議に澄んでいた。

風が谷を渡ると、音のようでもあり、呼吸のようでもあり――

乾いた岩壁が微かに震えた。


その震えが、やがてひとつの“流れ”となって伝わっていく。

谷を越え、森を抜け、王都の方角へと。

誰も見てはいない。けれど、確かに“聴こえた”と言う者がいた。


市場の老婆は立ち止まり、

「今、水が通った」と囁いた。

少年は耳を澄ませ、

乾いた石畳の下から、かすかな呼吸を聞いたという。


そして人々は、目を閉じて“音のない滝”を聴こうとしはじめた。

それは新しい祈りだった。

目に見えぬ流れを、心で感じる信仰。


水がなくても、

言葉がなくても、

滝は――息づいている。


アメリアは静かに微笑んだ。

頬をなでた風が、一瞬だけ湿った。

それは、この国に戻ってきた、

最初の一滴の気配だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ