アメリアの言葉 ――“地の底の息”
白露の段。
かつて王国を潤した滝の聖域は、いまや沈黙の峡谷となっていた。
陽光が岩肌に降り注ぎ、乾いた白が目を刺す。
滝壺はひび割れ、そこに溜まった小石が、風に擦れあってかすかに鳴る。
それは――かつて水が奏でていた音の、遠い残響のようだった。
アメリアは、ひとりその場に立っていた。
かつて祈りを捧げ、断罪を受け、そして王都を変えた女。
彼女の裾は乾いて、もう重さを持たない。
だが、その瞳にはまだ水の記憶があった。
やがて、遠くから馬の蹄の音が近づく。
乾いた音。
それは久しくこの地で聞かれなかった“陸の音”だった。
クレアが駆けてきて、アメリアの前に立つ。
彼女の頬も、かつてのように濡れてはいなかった。
クレア:「……お嬢様。滝が、死にました。」
沈黙。
アメリアはその言葉を、まるで一滴の水を舌に転がすようにゆっくりと受け止める。
そして、風の向きを確かめるように顔を上げた。
アメリア:「いいえ。沈黙したのではありません。
水が、地の底で息をしているだけです。」
その声は不思議に澄んでいた。
風が谷を渡ると、音のようでもあり、呼吸のようでもあり――
乾いた岩壁が微かに震えた。
その震えが、やがてひとつの“流れ”となって伝わっていく。
谷を越え、森を抜け、王都の方角へと。
誰も見てはいない。けれど、確かに“聴こえた”と言う者がいた。
市場の老婆は立ち止まり、
「今、水が通った」と囁いた。
少年は耳を澄ませ、
乾いた石畳の下から、かすかな呼吸を聞いたという。
そして人々は、目を閉じて“音のない滝”を聴こうとしはじめた。
それは新しい祈りだった。
目に見えぬ流れを、心で感じる信仰。
水がなくても、
言葉がなくても、
滝は――息づいている。
アメリアは静かに微笑んだ。
頬をなでた風が、一瞬だけ湿った。
それは、この国に戻ってきた、
最初の一滴の気配だった。




