混乱の王都 ――祈りの途絶
滝が止まった――その報せは、風もない空を裂くように王都へ広がった。
まず崩れたのは、制度だった。
「滝税」「湿度指数」「加湿支援金」――
王国の行政を支えていた“水の言葉”が、次々と意味を失っていく。
滝庁の執務室では、書類が音を立てて乾いた。
紙は波打たず、ただ、ぴんと張ったまま割れる。
湿度管理官は失職し、加湿係たちは机の下で壊れた霧箱を抱きしめる。
商人たちは必死に人工滝を動かそうとした。
だが、空気がもう水を受け入れなかった。
霧は立たず、噴霧器は空しく唸りを上げ、
乾いた音だけが街のあちこちに響いていた。
祈祷所では、祈りの言葉が喉を抜けず、
声を出そうとした者の唇からは白い粉が落ちる。
“祈り”すらも、湿りを失っていた。
――宮廷。
王太子レオンは、玉座の前に立っていた。
長年にわたり滝の音を象徴としてきた王国の中心。
だが、そこに響くべき水の幻音は、もうどこにもなかった。
彼は玉座の階段を下り、空虚な祭壇に膝をつく。
目を閉じ、額を冷たい石に押し当てた。
「滝よ、答えてくれ。赦しの音を返してくれ……!」
声は確かに発された。
けれど返ってきたのは、水音ではなく、
広い空洞のどこかが微かに震える“空気の返答”だけだった。
その震えすら、やがて消えた。
民衆の間では囁きが広がる。
「滝が沈黙した――神が死んだのだ」と。
誰もが、音のない祈りを持て余し、
信仰の形そのものを見失っていった。
街の詩人たちは筆を折り、
水音を題にした詩集が燃やされる。
湿度を失った紙は、驚くほど早く燃えた。
一方、廃庁の報を受けたリュカは、
かつて哲学を説いた講義室の隅に、ただ座り込んでいた。
乾いた風が吹き抜け、机の上に散らばった紙をめくる。
そこに震える文字が一行。
「水は――思想の記憶だったのだ。」
インクは、次の言葉を待たずに途絶えた。
筆先が割れ、黒が粉になって散る。
紙の上には、掠れた文字の跡だけが残り、
それすらも、風がさらっていった。
王都の上空には、深く、どこまでも透きとおった青が広がっていた。
それはあの日、人々が恐れた――“乾きの青”だった。




