クレアの現場報告 ――“滝行行政”の乱立
クレア・エルネスト、滝庁現場監督。
肩章は水滴の形をしており、出立の朝には必ず少し濡らしておくのが儀式だった。
彼女の仕事は、「滝行行政」の実施状況を確認すること。
だが近年、滝庁の勢いはあまりに過剰だった。
王国中の谷、崖、噴水にまで“滝指定”が下り、
そのたびに地元の役人や修行僧、果ては商人までが名乗りを上げる。
「滝行場」――祈祷と観光が一体化した新施設。
「滝庁分室」――旧村役場を改装した水祀官の詰所。
「滝祈祷協会」――誰でも入れる信徒組織。
数え上げればきりがない。
滝の数よりも、滝官の数のほうが多いとまで言われるほどだった。
クレアはその現場を、ため息まじりに歩いていた。
彼女の鞄には、各地の“滝報告書”が詰め込まれている。
紙はすべて防水加工されているが、
内容のほとんどは曖昧な湿度値と、誰かの感想文で構成されていた。
「本日の滝、概ね順調に流下。
修行者三名、全身濡れ具合良好。」
ある滝では“滝行認定試験”が行われていた。
滝に何秒耐えられるか、何滴の水を受けられるかを競う催し。
子どもたちが列をなし、役人が印を押して「修行証明書」を配っている。
「これでお父さんも立派な滝官だ!」
そんな声を聞くたびに、クレアの胸には微かな痛みが走った。
あの日、滝の奥に消えたアメリアの姿が、ふと蘇る。
彼女が求めた“沈黙の祈り”は、こんな喧騒とは違っていたはずだ。
夜、宿の机で報告書をまとめながら、
クレアは窓の外の滝を見上げる。
そこではライトアップが施され、
恋人たちが“滝スタンプラリー”の景品を手に笑っていた。
クレア:「もう誰が本当に修行しているのか分かりません」
通信機の向こう、王都の滝庁執務室からリュカの声が返ってくる。
リュカ:「分からぬことこそ、滝の本質だ。
透明なものは、掴めぬままに流れていく。」
彼の言葉に、クレアは沈黙する。
外では水の音が絶えず響き、
その中に、アメリアの笑い声のような微かな揺らぎが混じった気がした。
滝は今も流れている――
祈りのためにか、商いのためにか、
それとも、ただ流れること自体のために。
誰にも、もう分からなかった。




