表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
滝の王国の悪役令嬢 ――ある修行僧の再来  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/41

湿度管理室の朝 ――官僚の祈り

滝庁の一日は、湿度の確認から始まる。


夜明けとともに、庁舎の壁に埋め込まれた巨大な湿度計が静かに脈動を始める。

銀の針がゆっくりと八十二を指すと、職員たちは無言で席を立ち、

「本日の湿度報告書」に朱印を押した。


印を押す音は、まるで雨粒が地面に落ちる微かな連打。

その音の合間に、庁舎の上層階から重々しい声が響く。


「湿度八十二――理想的だ。」


庁長リュカ・ド・フォルマンが、霧のように声を落とす。


その瞬間、百名を超える官僚たちは一斉に目を閉じ、

“祈祷の黙読”を始める。

それは言葉を持たぬ詩――一行の息を合わせることで、

今日という湿度を祝福する儀礼だった。


机上の書類はすべて防水紙。

インクは水を弾くように書かれ、やがてその弾かれた跡が

虹色に光るのをもって“祈祷完了”とする。


議事録の末尾には、

「本日の結露指数」「発話による蒸発率」といった欄が設けられており、

職員たちは真剣に、自らの言葉の湿度を測定していた。


沈黙が庁舎を包み、

窓の外では霧雨が屋根を洗う。


そんな中、クレアが静かにリュカの執務机へ近づく。

彼女の髪には、外気の水滴がまだ残っていた。


クレア:「庁長、湿度が下がってきています。」

リュカ:「……そうか。ならば言葉を、少し減らそう。」


二人の会話は、声ではなく、呼気の波紋のように空気を震わせる。

誰もその意味を正確に聞き取ろうとはしない。

この庁舎では、会話さえも“湿度の一部”として扱われるからだ。


午後になると、廊下には“乾燥警報”のランプが灯る。

それは火災報知器ではない――

言葉が多すぎるという警告であった。


リュカは立ち上がり、

庁舎の中央に設けられた“滴りの塔”へ向かう。

塔の頂からは、一定のリズムで水が滴り落ちる。

それが、国家の息の音。


「滝の原理は、秩序の呼吸だ。

乾けば争い、濡れれば静まる。

それだけのことを、我々は守っている。」


庁舎の空気は、再びしっとりと整っていく。

どの書類も波打たず、どの声も高ぶらない。


滝庁の朝――それは、

国家の湿度を保つための、静かな祈りの時間であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ