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滝の王国の悪役令嬢 ――ある修行僧の再来  作者: 南蛇井


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20/41

滝庁の誕生と伝説化

王子レオンが滝の下に立った――

その噂は、雨よりも早く王都を満たした。


だが、宮廷に戻ったとき、彼は何も語らなかった。

ただ濡れたままの髪を拭こうともせず、

静かに、執務机の上に滲む地図を見つめていた。


王政は混乱を恐れた。

側近たちは、沈黙を“政治的行為”へと変換する。


「殿下は、罪なきことを滝によって証明なされた」

「その御修行こそ、王家の潔白と正義の象徴である」


かくして、滝は制度になった。

信仰ではなく、行政へ。


滝庁たきちょう」――

その名を冠する新しい役所が設立された。


職員は執務中も湿度を保つことを義務づけられ、

窓際には常に小さな噴霧器が置かれた。

乾いた文書は禁止、議事録は防水紙に。


やがて、年に一度の国家祭儀として

「打たれ式」が制定される。

高官たちは列をなし、

王立滝殿の前で滝の水に額を打たせた。


その日、王都は総じてしっとりと沈黙した。


レオンはその儀を遠くから見つめていた。

誰よりも静かに、誰よりも濡れたままに。


「滝を法にするとは……

水を掴もうとするようなものだ。」


彼はそう呟き、掌を差し出す。

滴は指の隙間から零れ、ただ地へ還るだけだった。


王国はそれでも変わっていった。

乾いた思想は淘汰され、

湿りを帯びた言葉だけが人々の間に残る。


人々はそれを「滝の時代」と呼んだ。

誰もが心にひとつの水音を持ち、

その流れに従って生きるようになった。


そして今も、王立滝殿の奥で、

一人の沈黙の王が雨を見つめているという。


――彼が語ることはなかった。

けれど、王国はゆっくりと、滝のように変わっていった。

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