滝の前の崩壊
霧は息づいていた。
まるでこの世のすべての呼吸が、ここで生まれ、ここで溶けていくかのように。
白露の段――王都から七日の行程。
その果て、灰と銀の狭間に、滝が立っていた。
水はただ落ちるのではなく、光を引き裂きながら降り注いでいた。
レオンは馬を降り、ただ一人で歩を進める。
霧が彼の肩に触れ、衣を撫で、
まるで“王”という名を一枚ずつ剥がしていくようだった。
滝の音が近づくにつれ、思考がほどけていく。
言葉の輪郭が滲み、心の中に残るのは、
あの日、玉座の上から見下ろした一人の令嬢の姿――
沈黙のまま、滝へと歩み去った背中だけだった。
「あの声を、私は聞かなかった……」
「あの日、沈黙を罰したのは、私の恐れだった……」
滝が答えるわけではない。
だが、流れ落ちる無数の雫が、
まるで彼の言葉を受け止めるように形を変え、
また砕けて散っていく。
衣の金糸が解け、布が肌に貼りつく。
外套の裾は泥に沈み、
王冠の金具がひとつ、またひとつ、緩み落ちる。
カラン――
乾いた音は一瞬で水に飲まれ、
すぐに滝の音に溶けた。
もはや、王子の姿はどこにもなかった。
あるのは、ひとりの青年が
水と共に呼吸しようとしている、
その静かな姿だけだった。
滝は崩れ落ちるように轟きながらも、
その中心に、まるで“沈黙の心臓”のような静けさを宿していた。
レオンはその光の中に歩み入り、
濡れた唇で、かすかに言葉を形づくる。
「私は――聞くために、生まれたのかもしれない。」
その声が届いたのかどうか、
誰も知らない。
ただその瞬間、滝の流れはほんの一瞬、
まるで呼吸をするように止まった。




