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滝の王国の悪役令嬢 ――ある修行僧の再来  作者: 南蛇井


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17/41

滝への旅路

王太子レオンの出立は、王都に小さな嵐を巻き起こした。

玉座の間では大臣たちが慌てふためき、

「水害調査のための巡幸である」と発表されたが、

誰もそれを本気では信じなかった。


――王が雨を恐れず外へ出るなど、前代未聞のことだったからだ。


宮廷記録官はその日をこう記す。


「王太子、沈黙のまま馬上にあり。

雨脚強く、随行者の声はすべて水に消ゆ。」


王都の外に出ると、景色はすぐに変わった。

石畳の道はぬかるみに沈み、

湿原の果てまで霧が漂う。

それでもレオンは歩みを止めなかった。


馬のたてがみは滴をまとい、

王子の外套はもはや重さを増していたが、

彼の目は次第に澄んでいくようだった。


道中、村々では奇妙な一致が見られた。

貴族も、農夫も、旅の商人も、皆が同じように濡れて働いている。

誰も乾きを恥じず、誰も雨を避けようとしない。


「この国は、滝を見ずとも、すでに滝の中にあるのかもしれない……」


その呟きに、従者の誰も応じなかった。

ただ雨の音だけが、言葉の代わりに返ってくる。


やがて、霧の濃い谷に差しかかると、

子供たちの歌声がどこからともなく響いた。


♪滝の娘は 声を流した

水はそれを覚えている――


幼い声で歌われるその旋律は、風に溶け、地に沁み、

まるで国そのものが一つの祈りを繰り返しているかのようだった。


老婆たちは焚き火のそばで語った。


「あの令嬢は滝に還ったのさ。

いまも水の底で、王の声を待っておいで。」


信仰と伝説、理性と夢想が、雨に混ざり合い、

どれが現実でどれが神話なのか、もはや誰にも分からなかった。


レオンは黙ってその話を聞き、

やがて灰色の空を見上げた。


滝の方角は、まだ見えない。

だが――確かに、そこから「呼ぶ音」がしていた。

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