余韻:感染する信仰
いつのまにか、王都はひとつの水槽のようになっていた。
石畳の隙間からは湿り気が立ちのぼり、
図書館の書架では本の頁がゆるやかに波打っている。
議会の議事録は滲んで読めず、
代わりに、議員たちは静かに頷き合って採決を終えた。
――それを「合意の雨」と呼ぶ者もいた。
街の笑い声には、もう乾いた響きがなかった。
子供の喧嘩も、恋人の口論も、
いつしか水滴のように丸くなって落ち着いていく。
誰もが少しずつ、滝の中にいるような呼吸をしていた。
滝を信じる者は祈りを捧げ、
笑う者はその滑稽さに救われた。
どちらの頬にも、同じ雫が流れていた。
リュカは議事堂の隅で論文を閉じ、
「理性とは、乾きの中でこそ発芽する――
だが、水の中では……芽が眠るのだ」
と呟いた。
セシルはサロンで最後の詩を朗読した。
「滝の声は、沈黙の裏返し。
聞こえぬほどのやさしさで、
世界を濡らしていく」
その夜、誰もが傘を差さなかった。
濡れることが、祝福だった。
そして遠く、滝の下。
白露の段では、アメリアがひとり、
静かに瞳を閉じていた。
そのまぶたに触れた水滴が、
岩を伝い、流れとなり、
やがて王都へと降りていった。
それが雨と呼ばれたのか、赦しと呼ばれたのか――
もう、誰にもわからなかった。
――その年、王国の空は、いつまでも潤っていた。




