表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
滝の王国の悪役令嬢 ――ある修行僧の再来  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/41

“しっとり貴族”の流行と滑稽

王都の朝は、もはや晴れても湿っていた。

霧は街路の低い場所に溜まり、

花売りの少女は花弁を濡らさぬように歩く――

だが、貴族たちは逆だった。

彼らはこぞって濡れるために出かけたのだ。


王宮では、かつての舞踏会が“滝行舞踏”と名を変えていた。

舞踏場の中央には人工の霧噴水が据えられ、

参加者は皆、薄水色のガウンをまとって踊る。

乾いた布地は無作法。

裾が滴るほどに「しとやか」とされた。


「あの方の袖口の滴り方、完璧だわ」

「殿下の靴、あの艶……まるで悟りの水」


噂は連鎖のように広がり、

衣装店では“濡れても崩れぬ織り”が大流行。

宝石店では「耐水ルビー」「滴形真珠」が飛ぶように売れた。


侍従たちはいつもタオルを抱え、

貴婦人の袖を拭くのが新たな礼儀作法となった。

廊下では「濡れ過ぎ貴族」の失敗談が笑い話になり、

乾いた靴音を立てた者は即座に“野暮”とされた。


「見て。あの方、まだ乾いているわ」

「きっと心まで、ね」


この頃、人々は“湿度”を階級の象徴と呼び始めた。

貴族的湿度(Noblesse Humidité)――

それは血統でも知性でもなく、

どれほど優雅に濡れるかという美学の名であった。


リュカ・ド・フォルマンはそれを「思想の実践」と言い、


「滝の哲学は、思想を滴らせることにある」


セシル・ル=ベールはそれを「詩の具現」と笑った。


「詩人の言葉は、まず服を濡らすところから始まるのです」


二人の言葉がどちらも真実味を帯びていたのは、

誰もがすでに“乾きを忘れていた”からだ。


その夜、宮廷楽団が奏でるワルツの調べに合わせて、

舞踏場の霧がいっそう濃くなっていく。

ドレスの裾が床を滑り、靴音は水音に変わった。

誰もが笑い、囁き、

その声すら、どこか湿って甘やかだった。


――この都では、もはや涙と雨の区別さえつかなくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ