“しっとり貴族”の流行と滑稽
王都の朝は、もはや晴れても湿っていた。
霧は街路の低い場所に溜まり、
花売りの少女は花弁を濡らさぬように歩く――
だが、貴族たちは逆だった。
彼らはこぞって濡れるために出かけたのだ。
王宮では、かつての舞踏会が“滝行舞踏”と名を変えていた。
舞踏場の中央には人工の霧噴水が据えられ、
参加者は皆、薄水色のガウンをまとって踊る。
乾いた布地は無作法。
裾が滴るほどに「しとやか」とされた。
「あの方の袖口の滴り方、完璧だわ」
「殿下の靴、あの艶……まるで悟りの水」
噂は連鎖のように広がり、
衣装店では“濡れても崩れぬ織り”が大流行。
宝石店では「耐水ルビー」「滴形真珠」が飛ぶように売れた。
侍従たちはいつもタオルを抱え、
貴婦人の袖を拭くのが新たな礼儀作法となった。
廊下では「濡れ過ぎ貴族」の失敗談が笑い話になり、
乾いた靴音を立てた者は即座に“野暮”とされた。
「見て。あの方、まだ乾いているわ」
「きっと心まで、ね」
この頃、人々は“湿度”を階級の象徴と呼び始めた。
貴族的湿度(Noblesse Humidité)――
それは血統でも知性でもなく、
どれほど優雅に濡れるかという美学の名であった。
リュカ・ド・フォルマンはそれを「思想の実践」と言い、
「滝の哲学は、思想を滴らせることにある」
セシル・ル=ベールはそれを「詩の具現」と笑った。
「詩人の言葉は、まず服を濡らすところから始まるのです」
二人の言葉がどちらも真実味を帯びていたのは、
誰もがすでに“乾きを忘れていた”からだ。
その夜、宮廷楽団が奏でるワルツの調べに合わせて、
舞踏場の霧がいっそう濃くなっていく。
ドレスの裾が床を滑り、靴音は水音に変わった。
誰もが笑い、囁き、
その声すら、どこか湿って甘やかだった。
――この都では、もはや涙と雨の区別さえつかなくなった。




