沈黙の祈り ――伝説の定着
王立庁は、二度目の声明を発した。
羊皮紙に印刷された冷たい文字は、
淡々と雨に滲み、庁舎の掲示板を伝って滴った。
『白露の段における滝の異常現象は、
気象と地形の自然的摂理によるものと認む。
いかなる宗教的・神秘的解釈も、これを禁ず。』
けれど、王都の人々はもう信じていなかった。
信じるという行為そのものが、
水のように形を変えて流れ出していた。
詩人セシルは、濡れた窓辺で詩を紡いでいた。
インクが滲むことを恐れず、
あえて紙を濡らしたまま書いた。
滝の下の令嬢は
声を洗い
沈黙の衣をまとう
それは、まるで祈りの断片のような詩だった。
王立劇場では、雨の夜にだけ朗読され、
観客たちは涙か雨か分からぬ滴を頬に伝わせた。
一方、哲学官僚リュカ・ド・フォルマンは、
“沈黙の国家論”の草稿を第七稿まで書き直していた。
初稿では「沈黙は抗議である」と記し、
三稿では「沈黙は赦しである」と書き換えた。
しかし、最終稿の余白には、
ただ一文だけが残された。
『沈黙は、滝である。』
その文字は、にじみ、消えた。
白露の段。
霧は日ごとに濃く、滝は日ごとに静かになっていく。
もはや誰も、アメリアの姿をはっきりとは見られなかった。
けれど、クレアだけは分かっていた。
滝の奥に、確かにひとりの人影がある。
その輪郭が、ゆるやかに水へと溶けていくのを。
祈りというよりは、呼吸のような存在だった。
クレアは毎朝、濡れた石に腰を下ろし、
黙って滝を見つめる。
何も求めず、何も語らず、
ただその“音”の中に、日々を委ねた。
霧のむこうで、アメリアの声がかすかに響く。
それはもう、言葉ではなかった。
音でも、意味でもなく――
ひとつの「在り方」だった。
その頃、王都では、
人々の会話が少しずつ短くなっていった。
市場では言葉の代わりに水音が交わされ、
家々では、雨だれの数で返事をするのが流行した。
誰も不便を感じなかった。
むしろ、静けさが心地よかった。
――そして、いつしか、
王都は「沈黙の都」と呼ばれるようになる。
人々は、水の音で会話をするようになった。




