騙しあい
「かかったな!」
穴の上からわたしを見下ろしながらそう言っているのは、幼なじみのひろ志であった。久々に故郷へ帰ってきたところ、実家の庭先でわたしは落とし穴に落とされていたのだ。十年ぶりの再会にしては、ずいぶんと手荒なマネをしやがる。
「そっちこそかかったな!」
わたしは口の中に入ってきた砂利やスチロールの破片をペッペと蜆のように吐き出しながら、ひろ志を見上げて言った。
「お前がここを掘ることくらい、もちろんわかりきっていたよ。おかげで手間が省けて助かった!」
わたしが手で穴の底をひと掻きすると、チョロチョロと水が染み出してきた。それは正確に言えば水ではなく、温かいお湯なのであった。
「ちょうど温泉を掘ろうと思ってたところでね。実を言うと今回は、そのためにこっちに帰ってきたんだ。いやしかし、まさかピンポイントで掘り当てておいてくれるとはね!」
ひろ志は上から苦虫を噛み潰したような顔でわたしの話を聴いていたが、その表情はすぐに笑顔へと豹変した。
「いや、そっちこそかかったな!」
ひろ志は持っていたシャベルをこちらに鋭く突きつけて言った。
「貴様がここに温泉を掘り当てることくらい、とっくにわかっていたよ。このあたりに泉源があることは、もちろん調査済みだったからな。そうなればまもなく、この町は立派な温泉街になるだろう。だから俺はすでにこの近くの駐車場を買い上げて、みやげ物屋を建ててあるんだ!」
わたしは彼の遠大な計画に、驚かざるを得なかった。
「いやいや、そっちこそかかったな!」
だがそれはもちろん演技で、わたしは湧いてきたお湯を掌で掬っては、ピッピとシャベルの先にやりかえしながら言った。
「お前が買い上げたのは、三丁目のたばこ屋の裏の駐車場だろう。そんなことくらい、俺にわからないとでも思ったのか。こうなれば昔から人のふんどしで相撲を取りたがるお前が、みやげ物屋をやるなんてのはもちろん想定内も想定内。こっちはすでに掘る前から『ゆけむりん』という名のゆるキャラまで製作したうえに、商標登録まで済ませてあるんだよ。これがもうとにかく可愛くて仕方ないゆるキャラに仕上がってるもんだから、このキャラをプリントしたみやげ物以外は、この土地ではいっさい売れなくなることはもう売る前から目に見えている。つまりお前のみやげ物屋は、売れば売るほど俺に著作権料ばかり納めるようにもうなっているわけだ!」
それを聴いたひろ志は、いらついてシャベルをスクリューのようにぐるぐると回転させながら地団駄を踏んだ。
「いやいやいや、そっちこそかかったな!」
どうやらそれは地団駄ではなく、ついつい気持ち良くなって「We Will Rock You」のリズムを踏んでいたものらしい。
「貴様が『ゆけむりん』というキャラを作るなんてことはとっくにお見通しだったから、こっちは先に『スーパーゆけむりん』というキャラを作って各種グッズまで製作してあるんだよ。そうなればもはやスーパでないノーマルな『ゆけむりん』なんて、一匹たりとも売れるはずがないだろうな。つまり俺のほうこそが、著作権料で大儲けというわけだ!」
そのとき穴の底からお湯が一気に噴き上がり、絵本で見たクジラの潮吹きのように二人を天高くまで持ち上げた。そのことによって二人は一気に童心へと帰り、Y字を描き出したお湯の上でキャッキャとはしゃぎながら、協力して温泉でひと儲けしようと約束したのだった。
その庭では一週間後から大規模な工事がはじまり、我が実家だけでなく近辺の家も順々に取り壊され、二年後には巨大なショッピングモールが建設された。それはすでに、五年前から計画されていたものであったという。