第5話 後宮の闇と聖女の決意
後宮の廊下に朝の光が差し込むころ、皇太后の寝室には静かな緊張が漂っていた。毒の拡散を阻止したとはいえ、被害者の回復にはまだ時間が必要であり、陰謀者が完全に明らかになったわけではない。
アリエルは巻物と試薬を抱え、書庫で最後の確認を行った。
「これで全ての残留毒を無効化できるはず……」
エレナが静かに頷く。
「聖女様、準備は整いました。あとは実行するのみです」
アリエルは深呼吸し、魔術師としての冷静さと、聖女としての信念を胸に庭へ向かった。ヴェルナーも影のように寄り添う。
「貴女の決意、見届けます」
アリエルは微かに微笑む。
「ありがとう。私一人では無理だったわ」
庭の中心にある薬草貯蔵庫にて、アリエルは慎重に最後の作業を開始した。巻物の指示に従い、残留毒を中和するための調合を進める。微量の毒も見逃さず、正確に処理する——一瞬の油断が誰かの命を奪うかもしれない。
「……これで完了」
長い時間をかけて慎重に作業を終え、アリエルは深く息を吐いた。庭の空気は、どこか軽く、澄んだものに変わった気がした。
その時、宰相の側近が現れた。目には驚きと焦りの色が混ざる。
「聖女様……一体、どうやって……」
アリエルは静かに答える。
「毒を中和しただけ。誰も傷つけさせない——それが、私の役目」
ヴェルナーは側で頷き、静かに言った。
「貴女の力は、ただの祝福に頼る聖女とは違う……確かに、魔術師としても非凡だ」
その言葉に、アリエルはわずかに微笑む。だが胸の奥では、後宮の闇はまだ完全には消えていないことを知っていた。宰相や外部勢力の影、誰が味方で誰が敵か——全てはこれからだ。
その夜、リオンが静かに彼女の前に現れた。
「……聖女、魔術師、そして私の婚約者として——お前の決意、尊敬する」
アリエルは目を見開き、初めてリオンの本心を感じた。彼もまた後宮の陰謀を追う任務を持っていたが、互いに信頼し、協力し合うことで初めて危機を乗り越えられる。
「ありがとう、リオン。私、もう一人じゃない……」
二人の間に、静かな信頼と絆が芽生える。義務婚約ではなく、互いを支える関係として。
夜空に輝く月を見上げ、アリエルは心の中で誓った。
「聖女として、魔術師として……私は後宮の闇を、すべて解き明かす」
新たな夜明けが、後宮に光を取り戻す。
だが、物語の本当の戦いは、これから始まる——。