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【短編】異世界恋愛

離縁のために結婚したんだから溺愛なんかおことわり!

作者: 鈴木 桜

「これで結婚成立だな」

「そうですね」


 およそ一日前に出会ったばかりの男と、一枚の紙を覗き込む。


 トリスタン・オスカー・ド・フォルティエ。

 マルグリット・シャルルヴィル。


 二人のサインが入った、結婚誓約書だ。


 私、マルグリットと、彼、トリスタンは、夫婦となった。


「……では」


 私が顔を上げると、それにつられるように彼も顔を上げた。

 

 艶々の黒い髪に切れ長の青い瞳。

 美しい青年が、私の顔をじっと見つめている。


 パサパサの茶髪に木の実色の瞳、そばかすだらけの平凡な顔立ちという地味な容貌の私の顔なんか眺めたって、なんの足しにもならないだろうに。


 私は彼の視線から逃れるように、ふいっと顔をそらした。

 そして、ふぅと一つ息を吐いて、テーブルに並べられたもう一枚の紙をチラリと見た。


「離縁してください」


 言いながら、その紙にサインを書く。

 これで、この茶番は終わりだ。


 ところが。


「ことわる」


 トリスタンは、その紙──離縁届をビリビリと破り捨てた。


「ちょっ!」


 私は思わず声を上げて彼から離縁届を取り上げようとした。

 しかし。


 その手は彼の大きくて無骨な掌によって阻まれ。

 あろうことか。


「離縁はしない」


 淡々とした声で告げて、私の身体をふわりと抱きしめてしまった。

 その腕の力強さに、一瞬、息が詰まりそうになる。


「や、約束が違います!」

「……」

「結婚したらすぐに離縁してくれるって約束したじゃない!」

「……」

「私は毒親から逃げるために実家から籍を抜きたかっただけなんですよ!」

「……」

「だから、あなたの妻になるつもりはないって、ちゃんと説明したでしょ!」

「……」


 私が文句を言う度に彼の腕の力が強くなるものだから。

 彼の分厚い胸板に顔を押し付けられるような格好になって、無言を貫く彼の顔を確かめることはできない。


 ただ。

 どうやら彼が私を離すつもりはないという固い意志だけは、ひしひしと伝わってきたのだった──。




 * * *




 事の始まりは、数時間前にさかのぼる。

 私とトリスタンが出会ったのは、とある伯爵家で開かれた夜会だった。


 私の親は典型的な毒親で、私を生涯こき使うために家に縛り付けようとしていた。

 早朝から夜遅くまで家事に内職にとこき使われ、失敗すると折檻された。


 そんな暮らしから逃れるためには、誰かと結婚するしかない。


 そこで私は夜中にこっそり家を抜け出して、夜会に潜り込んでいたのだ。

 結婚相手を探すために。


 ところが。

 それに感づいた父が「娘を出せ!」と言って伯爵家に乗り込んできた。

 酒に酔って気が大きくなっていた父は、自分が貧乏男爵家の当主でしかないということを忘れ、夜会の会場で大暴れ。

 私は父に見つからないように、ダンゴムシのように体を丸めて逃げようとした。

 が、妙に勘の良い父に見つかってしまった。


「マルグリット!」


 怒鳴るような声で名を呼ばれると、私の身体はビクリと固まって動かなくなる。

 なぜなら、この後にはひどい折檻が待っているから。


 私は床に丸まった情けない恰好のまま、ガタガタと体を震わせてその時が来るのを待つしかない。


 そんな私の身体を、ふわりと柔らかい何かが包み込んだ。

 天鵞絨のマントだ。

 すべすべの手触りのそれが、私の頭から足先までをすっぽりと包んでしまう。


「大丈夫か?」


 マントの向こうから声をかけてくれたのは、聞き覚えのない男性の声だった。

 だが、明らかに私に話しかけている。


「やはり体調が悪かったのだな、気づかなくて悪かった。……エリーズ」


 その人は適当な名で呼びかけながらマント越しに私の肩を抱き、


「話を合わせろ」


 と、ささやいた。

 私がこくりと頷くと、彼はそのまま私の身体を抱き上げた。


「おい、待て!」


 会場から出ていこうとする彼を、父が引き留める。


「なんだ」

「俺の娘だ! 返せ!」

「はっ」


 見知らぬ男が馬鹿にしたように笑うのは、見えなくてもわかった。


「人違いで言いがかりをつけるのか?」


 ヒヤリ。

 彼の声に、会場中の空気が凍る。


「っ!」


 さすがの父も、のどをひきつらせて黙り込んだ。


「失礼する」


 くるりと踵を返した男を、それ以上引き留める人物はいなかった。




 彼は私を抱いたまま、伯爵家の執事の案内で客間に入った。

 ふわり。

 やさしい手つきで私の身体をベッドの上におろした彼が、そっとマントをどかす。


「……」

「……」


 彼と見つめあったのは、ほんの一瞬のことだった。

 私は慌ててベッドの上で手をついた。


「あ、ありがとうございました!」


 見知らぬ私を助けてくれた恩人だ。

 深く頭を下げる。

 お金も何も持っていない私は、彼に礼を言うことしかできないのだから。


「……礼には及ばない」

「いいえ。あのまま父につかまっていたら、ひどい目に合うところでした」

「殴られるのか?」

「……はい」


 私は被害者ではあるが、身内の恥部を人様にさらすのは情けなくて、穴があったら入りたい気持ちだった。

 だが、なぜかこの人にだけは何を話しても大丈夫だと思えた。


「なるほど。あの父親から逃げ出すために結婚相手を探しに来たのか」

「その通りです」

「では、相手は私でも構わないな」


「え?」


 思わず顔を上げると……。


 青い瞳が、じっと私を見つめていた。


 ギシリ。

 二人分の体重を受け止めたベッドが、わずかに軋む。


「あ、あの……」

「トリスタンだ」


 淡々としているのに、どこか優しさのにじむ声音で名乗った男が、ぐいっと私に身体を寄せる。

 そのまま、あれよあれよという間に、ベッドに縫い留められてしまった──。




 トリスタンは私を抱きながら、約束してくれた。

 私と結婚して、その後すぐに離婚してくれる、と。

 それならば実家から逃げおおせることができるから。


『私が守る』


 そう、約束してくれたのだ。


 そして夜が明けるとすぐに公正証人を呼び出し、結婚誓約書にサインをしてくれた。


 それなのに、どうしてこんなことに……!?




 * * *




 まずは自宅に帰ると言う彼に半ば無理やり連れてこられたのは、白壁の優美な城だった。屋敷、などではない。まさしく城と呼ぶにふさわしい大きな大きな建物だ。


「ここは?」

「私の屋敷だ」

「は?」


 トリスタンは馬車から下りる私をエスコートしながら、なんでもないことのように言ってのけた。


「シャトー・グランシエル。わが家が代々受け継いできた城だ」


 世間知らずの私には、残念ながら全く聞き覚えのない名だ。

 だが、この家が名家だということは明らかだ。


 となれば、確かめなければならない。


「あなた、何者なの?」


 この問いに、トリスタンは軽く肩をすくめただけで答えてはくれなかった。

 そこへ、執事がやってきた。

 一人や二人ではない。

 十人以上の執事が列を成して彼を出迎え、その後ろからはさらに多くのメイドたちが続いている。


「おかえりなさいませ、旦那様」

「ああ」


 一番年かさの執事が恭しく頭を下げ、トリスタンは軽く答える。

 その執事が、私の方をチラリと見た。


 質素なドレスに身を包んだ地味な娘を見て、名家の執事である彼はどう思っただろうか。

 私は急に気恥ずかしくなって、思わずトリスタンの背の後ろに隠れた。


 それを見た彼がそっと微笑むのを見て、さらに気まずくなって顔を俯かせる。


(早く離縁してよ~~~~)


 どうやら名家の人間である彼にとって、実家から逃げ出してきた貧乏男爵家の娘などと結婚を続ける理由などないはずなのだから。


 そんなことを考えていると、執事とメイドたちの間にざわめきが聞こえてきた。

 といっても、メイドの話す声がぎりぎり聞き取れる程度のひそひそ声だが。


「だ、旦那様が……!」

「ほ、ほ、微笑んでいらっしゃる……!」


 何をそんなに驚いているのだろうか。

 私が首をかしげる間に、渦中の人であるトリスタンは私の腰を抱いてさっさと屋敷の中に向かって歩き出した。

 その後ろを執事とメイドたちが続く。


「彼女に必要なものを準備しろ」

「かしこまりました」

「部屋は『リラの間』だ」


 また、ひそひそ声が聞こえる。

 だが、そこに悪意は感じられない。


 執事もメイドも喜色満面といった様子で頷きあい、散り散りになっていった。


 残ったのは年かさの執事だけで、彼は黙ったままトリスタンの後ろをついて歩き、彼の次なる命令を待っている。


「仕立て屋を呼べ。それと、宝石商も」

「はい」

「明日には王城に行く。支度を整えろ」

「かしこまりました」


 何やら段取りをつけているようだが、私に無関係とは思えない。


(仕立て屋に宝石商に、王城……?)


 このままでは、とにかくまずいことになる気がする。

 私は慌ててトリスタンの顔を見上げた。


「あの、私……」


 帰ります、と続けようとした言葉は、彼が急に立ち止まったので飲み込む羽目になった。

 精緻な彫刻が施された大きな扉を、いつの間にか待ち構えていた執事たちがゆっくりと開く。


 扉の向こうは美しい調度の並ぶ、日当たりの良い部屋だった。

 この部屋だけで、私の実家がすっぽりと収まってしまうほどの広さがある。


 部屋の内装や家具の彫刻の意匠はリラの花に統一されていて、どうやらそれがこの部屋が『リラの間』と呼ばれる所以らしいということはすぐに分かった。


「ここが君の部屋だ」


 部屋の中では、メイドたちが静々とお茶の準備を進めている。


「えっと……」


 戸惑う私に、年かさの執事がにこりと微笑む。


「代々、公爵家当主の奥様がお使いになる部屋でございます。手入れは怠っておりませんでしたが、なにぶん長い間主が不在でしたので。何か不足があれば、なんなりとお言いつけください」


 こうしゃくけ。

 まさか彼は、そう言っただろうか。


 ぽかんと目と口を開いて固まる私に、トリスタンが気まずそうに視線を逸らす。

 ここでようやく、私は今朝がた目にした彼のサインを思い出した。


 トリスタン・オスカー・ド・フォルティエ。

 

「フォルティエ……」


 思わず口にして、ハッとした。

 その名を、数日前の新聞で目にしたばかりじゃないか。


『フォルティエ公爵家当主トリスタン氏、鉄道敷設権を獲得! 西部地域に鉄道建設はじまる!』


 トリスタンの顔を見上げる。

 気まずそうな表情を浮かべながらも、彼は私の腰を抱く手を離そうとはしなかった。


「あ、あなた……こ、こ、こ、公爵家の当主様なの!?」


 そんなの、聞いてない!!




 * * *




 結婚したらすぐに離縁する。

 その約束だけが果たされないまま、数週間の時が流れた。


「離縁してください」

「ことわる」


 それがの朝食の席での恒例の会話で、聞いている執事もメイドも笑顔でそれを見守っている。


「約束が違います」

「だが、国王陛下にも挨拶してしまった後だ。すぐに離縁というのはバツが悪い」

「あなたが無理やり連れて行ったんでしょう!」

「来週には大叔母が君に会いに来る」

「聞いてません!」

「出迎えの準備を」

「私がするんですか!?」

「君が公爵夫人だからな」

「だから……!」


 思わずこぶしを握り締めるが、トリスタンはそれすら楽しんでいるような節がある。

 コーヒーに口をつけてから、


「任せたぞ」


 そう言って、優しく微笑んだ。


 これを言われると、私は弱い。


 彼は時折、こうやって私に公爵家の仕事を任せるのだ。

 客人の出迎えや使用人の人事、家計の相談……。


 少しずつ、少しずつ、私を公爵家夫人に仕立て上げようとしているらしい。


 だがそれが……、嫌、ではない。


 実家にいた頃、家のために働いてはいたが私に決定権はなかった。

 ただただ、父と母のために命じられた仕事をこなす日々。


 それが当たり前で。

 でも、虚しかった。


 ここで任される仕事は、それとは違う。

 私が考え、私が良いと思う方に物事を動かすことができる。

 むしろ、そうしなければならない。


 もちろん、最初は戸惑った。

 これまで自分で考えたことなどなかったから。

 だが、トリスタンも使用人たちも、そんな私を急かしたりはしなかった。


 私が務めを果たせるように、優しく見守り続けてくれたのだ。


 昨日できなかったことが、今日はできるようになっている。

 仕事を任せてくれる人がいる。

 それを助けてくれる人もいる。


 それが、うれしくて。


 離縁したい。それは本心だ。

 だって、あの親から逃げ出したいから。

 早く離縁して、私のことなど誰も知らない土地へ逃げなければ。


 だけど。


(ずっと、ここにいたい……)


 そんな気持ちが、少しずつ膨らんでいく。




 ──だから、罰が当たったのだ。




「マルグリット!」


 トリスタンに内緒で町に出た。もうすぐ彼の誕生日だから、贈り物を自分の目で見て選ぼうと思って。

 その道中で父に見つかってしまった。


 私の顔を見た途端、父は怒りに顔を真っ赤に染め上げて、私につかみかかってきた。

 付き添ってくれていたメイドたちが悲鳴を上げ、御者は慌てて父を引きはがそうとしたが、父に顔を殴られて倒れてしまう。


 腹の底がひゅっと音を立て締め付けられて、全身が氷のように固まる。

 次いで、指先がカタカタと震え始めた。


 幼いころから植え付けられた恐怖は、簡単には消えないのだ。


 そんな私を見て、父がニヤリと笑う。


「マルグリットぉ? 今すぐ帰ってくるんだ。そしたら、許してやらんこともないぞぉ?」


 ねっとりと絡みつくような声に、ガタガタと身体が震える。

 言わなければ。

 あなたの言いなりにはならないと、言わなければならないのに。

 喉が張り付いたようにつっかえて、声を出すことすらできない。


 そんな私の様子を見たメイドたちが、慌てて私と父の前に進み出た。


「公爵家の奥様に気安く話しかけるだなんて!」

「なんて失礼な方でしょう!」

「お下がりください!」


 メイドたちは口々に言いながら、私をその背にかばうように立ちはだかった。

 逆効果だ。


「メイド風情が! 俺様に歯向かうのか!」


 男尊女卑思考が強く、貧乏男爵のくせにプライドが高い。

 そんな父が、メイドに口答えされて黙って引き下がるわけなどなかった。


 父はこぶしを振り上げた。


 その先にいたメイドは、私をかばったまま、ぎゅっと目を閉じた。

 私の代わりに殴られるつもりなのだ。


 父のこぶしが、振り下ろされる。


(これでいいの……?)


 ビクビクとおびえて。

 誰かの背の後ろで守られて。


 自分の代わりに誰かが傷つく。


 本当に、それでいいのだろうか。


(……だめ)


 この人から逃げ出したいと思った。

 もう殴られるのは嫌だと思った。

 だからあの夜、家を飛び出した。


 誰かに守ってもらいたかったわけじゃない。


 自分で自分の未来を切り開くために。

 そのために勇気を振り絞ったのだ!


「やめて!」


 思いのほか、大きな声が出た。

 その声に驚いた父のこぶしが動きを止める。


「ああ?」


 額に青筋を立てた父が、私をにらみつける。

 怖い。

 だけど、もう身体の震えは止まっていた。


「私はもう、あなたの言いなりにはなりません」


 そうだ。

 私の人生は私自身のものだから。

 自分で考えて、自分で望むように生きる。

 私もそうしていいのだと、みんなが教えてくれたから。


「私はあなたの娘ではありません。

 ……フォルティエ公爵家当主、トリスタンの妻です。

 無礼は許しません!」


 しん、と静寂が落ちた。

 次いで、この悶着を見守っていた野次馬たちから歓声が上がる。


「よっ!」

「公爵夫人!」

「よく言った!!」


 野次馬に囲まれ、自分の味方は一人もいない。

 それを悟った父が、じりじりと後ずさる。

 だが、まだ諦めていないらしい。


「くそっくそっくそっ!!

 娘ならば、父に従え!」


 父は再び私につかみかかろうとした。

 だが、その腕は早々に地面に向かって叩きつけられてしまった。




 トリスタンの剣によって。




 鞘に納めたままの剣で父の腕を打ち付けたトリスタンは、返す刀で父の顎を打った。

 父は情けないうめき声をあげて昏倒し、陸に上げられた魚のようにぴくぴくとけいれんを繰り返す。

 その様子を確かめてから、トリスタンが私の方を振り返った。


「無事か」

「……はい」


 トリスタンがつかつかと私の方に歩み寄る。

 叱られる、そう思ったが、それは杞憂だった。


 ふわり。


 やさしいぬくもりが私の身体を包み込む。


「すまない」

「どうしてあなたが謝るんですか?」

「君を守ると約束したのに」

「守ってくれたじゃないですか」

「いや。私が遅れたせいで、君に怖い思いをさせた」


 ぎゅうっと、痛いほどの力で抱きしめられる。


 ふと、最初に出会った夜のことを思い出した。

 彼は私を抱きながら、何度も繰り返していたのだ。


『私が守る』と。


 どうして彼は、出会ったばかりの私にそんな約束をしてくれたのだろうか。


「……もしかして、なんですけど」

「なんだ」

「私のこと、好きなんですか?」

「……」

「黙らないでくださいよ、私が道化みたいじゃないですか」

「……一目ぼれした、などと言ったら気味が悪いだろう」


 一目ぼれ……?

 驚きに息を詰まらせた私の身体を、トリスタンがいっそう強く抱きしめた。


「……君の瞳がシャンデリアの光を反射して、キラキラと輝いていたんだ」


 いったいなんの話だろうか。

 腕の中で首を傾げた私に、トリスタンが小さく息を吐く。


「私たちが初めて出会った、あの夜会で、だ」


 そういえば。

 あの伯爵家のホールの天井には、無数の水晶が連なり光り輝くシャンデリアが吊り下がっていた。

 あんなに美しいものを見るのは生まれて初めてで。

 少しの間ボーっと見つめていた。


 その姿を、トリスタンに見られていたのだ。


「美しいものを見つめて、キラキラと瞳を輝かせる……。

 欲にまみれた貴族の世界に、そんな純粋な心を持っている人がまだ存在していたのかと、衝撃を受けた」


 そんな当たり前のことに?


「公爵家で暮らし始めてからも、君はいつもそうだった。

 美しいものを見れば目を輝かせ、美味いものを食べれば頬を染めて喜び、嬉しいことがあれば嬉しいと言って笑った」


 私を抱いていた彼の手の力が緩んだ。

 代わりに、彼は私の頬を優しく撫でながら、じっと私を見つめる。


「あの夜から、私の心は君に奪われたままだ」


 頬を真っ赤に染めながら震える声で告げられると、私の頬も燃え上がるように熱くなった。

 これはもう、自覚するしかない。


 私の心も、彼に奪われてしまったのだと。


 そんな私の様子を見て、彼がうっとりと笑みを深くした。

 そして、再び私の身体を抱いて。

 耳元に唇を寄せる。


「君を愛している」


 だから、離縁したいなどと言わないでくれ。


 切ない声音で告げられた言葉に、私はそっと頷いた──。




 Fin.






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