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ダンスチューンはユニクロの

作者: ひとりRADIO

 それは大学二回生の夏だった。映画サークルに所属していた私は、十一月にある学祭で公開する作品に使う小道具の買い出しのために、吉祥寺に足を運んでいた。その日は後輩二人が付き添いで来ていて、一人は音楽の趣味が合う奥森君と、もう一人は私が今一番気になっている宮崎さんであった。

 

 自堕落なキャンパスライフを送っていた私は映画サークルでも何かを発揮することはなく、先輩や同回生全員にナメられ、裏方稼業に専念していた(パシリにされていた)。事あるごとに呼び出されてはパシられて、日に日に毎日が陰鬱になっていた。一回生の秋頃から外に出ることすら面倒になっていたが、親不孝を働くことはできないため大学にはちゃんと通った。しかし成績も低空飛行でいよいよ辛くなってきた二回生の春、桜咲く四月のことであった。サークル紹介の日、プレゼンを担当していた私は、最前列で聞いていた宮崎さんに出会った。

 

 私は人生初の一目惚れというのをしてしまった。ショートカットで端正な顔立ち、しかもクールで大人びてる、可愛い、可愛すぎる。そんな宮崎さんを目の前にしては私はプレゼンなど碌に出来ず、その後サークルの面々に笑いのタネにされた。だがその次の日、宮崎さんが映画サークルに入会した。運命だと思った。入会動機を聞かれた彼女は私を指差してこう答えた。

 

「あの先輩がプレゼンの時、見てられないぐらい緊張して、かかってて、笑っちゃってぇ、面白かったんで」

 

 今まで一度も人に面白いなんて言われたことがない私に、彼女は「面白い」とはっきり言ってくれた。その日の私は脳内はバックミュージックで無限に『深夜高速』をかけ続けていた。この子となら薔薇色のキャンパスライフを送れるかもしれない、その頃の私はそう思っていた。

 

 それからというもの彼女は私の心のオアシスとなりつつあった。私は中高一貫の男子校で青春を過ごしたため、彼女との交流はあまりに新鮮な経験で、毎日が非日常であった。暇さえあれば映画サークルに行って彼女の姿を観察していたが、やはり直接話すのは難しかった。というか一回もちゃんと話せたことはなかった。

 

 そんな中、絶好のチャンスが到来した。

 

 一緒に吉祥寺まで行くのである。これはほぼデートと言っていいだろう。奥森君の存在さえなければ。

 

 午後五時に総武線のホームで集合した我々は東急百貨店に向かった。宮崎さんと奥森君は二人だけの世界に熱中していて、私は蚊帳の外だった。二人はずっとスティーブン・キング原作の映画の話をしていた。そういえば曲がりなりにもここは映画サークルだったな、と思った。

 

 デパートの中を歩いていると道中ででっかいユニクロに遭遇した。ここを避けては通れない、と言わんばかりのユニクロだった。当然我々はユニクロに入店したのだが、やけに陽気なBGMが流れていた。その時宮崎さんが奥森君にこう言った。

 

「なんかいつもユニクロ来るとこういうよく知らない洋楽かかってて、すごいリズムに乗りたい音楽なんだけど、外だから絶対踊れないんだよね」

 

 か、可愛い。こんな一面があったなんて。私はまたひとつ宮崎さんを好きになっていった。奥森君がこれに答えてこう言った。

 

「ふーん、あ、そう」

 

 奥森、お前はどこまで愛想がない奴なんだ。

 

 その後東急で買い出しを終えた我々は直帰しようとしたが宮崎さんがお手洗いに行ったので私と奥森君の二人だけの時間が流れた。いてもたってもいられなくなっていた私は奥森君にこの胸の内を打ち明けた。すると奥森君は即答した。

 

「あー、宮崎ですかぁ、えぇー?無理じゃないすかね、先輩には」

 

 こいつ、いきなり否定から入った。

 

「恋愛は現実逃避ですよ、なんか、もうちょっと意味あること、ギターとか始めたらどうですか?」

「君は本当に可愛くない後輩だな」

「でも、先輩が宮崎とちゃんと話してるところ見たことないっすよ、さっきも全然喋ってなかったじゃないですか」

「それは…緊張して、話しかけられないから」

「その感じだと無理じゃないっすか?諦めた方がいいと思いますよ」

 

 すごい言ってきた。でもまぁ普通そういう反応になるか。

 

「あ、でもひとつ教えとくと、あいつ明日誕生日ですよ」

「え!?…」

 

 その瞬間、宮崎さんが戻って来た。彼女は、我々が何の話をしていたかに興味を持つこともなく、早く帰ろうと急かした。

 

 駅に着いた我々は方面が違うのでその場で別れた。二人は三鷹方面、私は津田沼方面だった。私は彼女の誕生日が明日であるということで頭がいっぱいになっていた。誕生日プレゼントを送ろうか、送るまいか。送るなら恋路を成功に導くものがいい。何がいいだろうか。機知に富んだ、彼女を喜ばせられるものだ。思い詰めた私は胸が張り裂けそうになったが、その夜、点と点が線になった。

 

 そうだ、ユニクロのBGMだ。

 

 彼女はユニクロの音楽で踊るという願望がある。彼女の一番可愛らしい部分だ。彼女が家で踊れたらいいな、と思った。ユニクロで流れている曲のプレイリストを作って明日の朝彼女に送ろう、私はそう考えた。

 

 調べたところユニクロの店内BGMというのは有線のB-14らしく、それを辿れば今日あの場で流れていた曲もわかるようだった。

 

 私は徹夜でユニクロの曲を聴き通し、精査して彼女のためのプレイリストを作り上げた。勿論あの時流れていた曲も掬い上げた。これなら彼女が私に惚れるんじゃないか、なんて思って布団の中でずっと笑みを浮かべていた。

 

 そして私は彼女の誕生日の朝8時、サークルのグループLINEの中から宮崎さんを探して友達追加し、そのプレイリストを送信した。すぐに既読が

ついた。ただそれは、それだけだった。

 

 四限が終わってからその既読無視に気付いた私は、気が動転して、彼女が恐らくいるであろう映画サークルへと向かった。案の定彼女はサークルで機材の準備をしていたが、こちらに気付くと露骨に不機嫌そうな顔をした。彼女は私を睨みつけながらこちらへ向かってきた。

 

「先輩、あのLINEめっちゃ怖いし、気持ち悪かったです、私今日誕生日なんでああいうことされると嫌なんですけど」

 

彼女は半端じゃなく私のことを軽蔑していた。

 

「いや、その、誕生日プレゼントのつもりで」

「は?」

 

 だめだ、これ、だめだ、うん

 

「違うんだ、その、君のことが…」

「あの、奥森君から聞きました、先輩私の事が好きなんですね」

 

 え、なんで…。というか奥森め、言いやがったな。

 

「あ、そ、そう…」

「無理です、ごめんなさい」

 

 は?うわぁ、あぁ。

 

「単純にタイプじゃないです」

 

 え、ちょっと、え?止まって。

 

「その、先輩はわかってないと思うんですけど、こういう事は付き合ってる人にしかしちゃ駄目なんです、好きじゃない人にこういう粋っぽいことされても気持ち悪いだけなんです」

「いや、ただ君のことが好きなだけで…」

「でも私達碌に喋ったこともないじゃないですか」

 

 何も言い返せない。辛い。

 

「奥森君が私の誕生日バラすから…」

「え、何、君ら付き合ってんの?」

「いや、付き合ってはないんですけど、なんか、そう…」

「え?」

「奥森君と私は…そういうアレなんで」

 

 私はショックでもう立ち直れなくなりそうだった。周りを見渡すと先輩同回生後輩皆が私の方を見ていた。

 

 私はその場から走って逃げてそのまま家に帰った。映画サークルの面々は嬉々として彼女にこの件について聞くだろう。もう私はこのサークルにいられないだろう、そう思い、その次の日に退会届を提出した。

 

 恋は、叶わない恋は、現実逃避である。もう私はもう叶わない恋なんてしない、そう決意し、強い自分を求めた。そして私はクイズ研究会に入会した。競技クイズというのは地道な努力がそのまま実を結ぶものであり、恋のような不条理性が全くない。私はそれから毎日努力を怠らず、三回生の頃には大学生クイズ王の座を手に入れた。

 

 王の座を手にした私に怖いものなど何もなかった。

 

 何回フられても私はまた立ち直る。

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