第93話 アリス姫の帰還②
「生まれたお前は『星』属性だった。取り上げた聖女が確認し、宣言した。私は天にも昇る気持ちだった。人生に勝ったと思った。思わず笑い声が出ていた。喜びのあまり笑っていた。『星』の魔女を、いや『メテオストライク』の魔法を手に入れたと思った」
あの時の気持ちは何度思いだしても高揚した。
『メテオストライク』さえあれば、かの強大な破壊魔法を好きに撃つ事ができるならば、リンデンはこの大陸を統一できるし、世界の全ても手に入れる事ができると、その時、リシャールはそう確信した。
確信してしまったのだ。
「ああ、そうか……」
その時にリシャールが浮かべた表情を見て、アリスは理解した。
サンディはこの表情を見て、全てを察したのだ。
「自分の物でも無い強大な魔法を手に入れたと勘違いしたんだ」
「そうだ……」
リシャールは小さく答えた。
「サンディは静かに問いかけた『あなたはこの子を兵器に使うつもりなの?』と、その瞬間、私は理解した。最悪、この子を育てなくても良い、地下室に置いておいて、必要な時にだけ出して『メテオストライク』を撃ってもらうだけでも良いんだって、そう、考えてしまった。魔法だけが欲しかったんだ」
四人は黙り込んだ。
「サンディの顔を見た、私の汚れた考えが伝わったと確信した。だから剣を抜いて斬った。サンディさえ居なければアリスを誰かに育てさせて利用出来る、そう確信して、剣を振った」
ナナが少し猫背になった。
懐には短剣がある。
ペトロネラは目算をした。
机と人の配置、アリスをこの場所から逃がす為の計算を。
「母ちゃんは逃げたんだ」
「そうだ、透明になる知らない魔法を使って、お前を抱えてにげた。聖女のローパーが悲鳴を上げて私にむしゃぶりついて邪魔をして、サンディを見失った。一撃でサンディを斬り殺せなかったのが私の最大の失敗だった」
「その後は、師匠と私を追って、母ちゃんとクーニッツ伯爵を追ったんだな」
「そうだ、その頃はまだ、捕まえられる、まだ挽回できると思っていた。お前さえ手に入れられれば世界は私の物だと高揚していた」
「でもそうはならなかった」
「……ああ」
リンデンの首都防衛軍、魔導動甲冑を着せた近衛騎士団、全ての武力を使ったが、アリスとディアナは逃げおおせた。
「ターラーに焼かれた。私も近衛も、あの夜の事を魔女達に暴露され、私の評判は地に落ち、属国は離反し、大貴族は独立して、いまのリンデンは最盛期の三分の一の国土しかない」
「ターラー師の炎に焼かれ治らない火傷で十五年、ほぼ動けない生活を暮らして、後悔はしてないのか、父さん」
「後悔……、後悔なぞ……、お前を手に入れて、世界を、世界を手に……、だが……、そんな事は……、出来ないんだな……」
「ああ、私は父さんの馬鹿みたいな戦争の道具になる気はないよ。なんで他人の凄い魔法を自分勝手に使えると勘違いしたんだろうな」
アリスの言葉を聞き、リシャール王は顔をゆがめ、手で顔を覆い、涙を流した。
「愚かだったのだ、願えばなんでも自分の思うとおりに世界が運ぶと盲信していたのだ、治らぬ火傷の苦痛の下で、ずっとずっと、私はお前に付く嘘を、サンディとディアナとターラーが悪いという理屈を組み上げ、会って話合えば勝利の目がまだ在ると信じ込むほどの馬鹿だったのだ」
「ああ、父さん、あんたは馬鹿で凡庸だよ」
リシャール王は泣いた。
涙が後から後から出て来て止まらない。
「悲しいのは野望が潰えたからではない、十五年だ、十五年、馬鹿な野望を浮かべずにただ、サンディの夫でアリスの父である事を守り続ける事も出来たのだ。いや、それが普通で何の苦もなくやれた事、幸せの当たり前の事だったのだ。だが、アリスとの十五年、サンディとの十五年を投げ捨て、ただ病床で苦痛に呻きならが、嘘を組み立てて過ごした。なんという無意味で馬鹿馬鹿しい人生の浪費だったのか、なんという……」
リシャールの嘆きは止まらない。
「私は父さんを許す」
リシャールは信じられないという表情を浮かべてアリスを見た。
「国民を巻き込んでの没落の十五年、苦しみも計り知れない。だから許す。許すのだが、私はリンデン王家には戻らない。私は道々の魔女で、姫では無い。深樹海の奥で最低限の教育を師匠から授けて貰った無学な魔女にすぎない」
「帰って来てはくれないのか」
「王族なんかまっぴらごめんだ、ただ、許す。それだけだ」
アリスはソファーから立ち上がった。
ナナとペトロネラは警戒している。
リシャール王は床に膝をつき、額を床に付けた。
「どうか、リンデンの王冠を受け取ってくれ、アリス」
「王様もまっぴらごめんだ。私は自由に生きる」
「リンデンには新しい王が必要だ。それは魔女の王でもあるアリス、お前だ」
「うるせえ、娘に後始末させんな」
「頼む、頼む!」
アリスは困ってしまった。
リシャールが、王位を禅譲しようとは思ってもみなかった。
多分馬鹿な事を言い、近衛騎士でもけしかけて自分を拉致するのだろうなとか、思っていた。
荒事の準備はしていたが、禅譲の準備とかは全くしていなかった。
ペトロネラは呻いた。
「な、なんだよ、弟子」
「受けなさい、アリス師匠」
「『ええ~!!』」
アリスとナナは声を揃えて驚愕した。
「師匠はここでリンデンの王権を蹴り出して、自由な魔女として各国を旅をして愉快に暮らしていこうとか甘い事を考えていると思いますが、『メテオストライク』を持つ魔女は各国が放っておく訳がありません。アリス師匠が魔女王になればリンデン国民は大喜びで、他国も手を出しかねます。王位を継ぐのが最善手です」
アリスは途轍もない厭そうな顔をした。
「アリス、頼む、リンデンの王となってくれ、国民を救ってくれ!!」
考えれば、クーニッツ連合国を立てているサンディも、アリスがリンデン王となるなら、これ幸いと領地をリンデンに渡すであろう。
「うわあ、これは詰んだ?」
「はい、アリス師匠の自由な生活は今日までです」
「げええ」
『私も、オニキスちゃんも支えますし、プラント師もリンデン国立図書館に戻ってくるでしょうし、大丈夫ですよ』
それが最善手という事はアリスは解っていた。
だが、やりたく無い物はやりたく無いのだ。
「あー、もう、しょうが無いなあっ!」
リンデンの新しい国王である、魔女王アリスの誕生の日であった。
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