第92話 アリス姫の帰還①
流星号に乗った、アリスとペトロネラ、そしてナナはリンデン王都に入った。
アリス姫の帰還を喜び、王都南大門は四面の大扉を全開にして三人と一匹を迎え入れた。
南大門で、三人を迎え入れたのは優しい目をした中年の侍従長であった。
「お帰りなさいませ、アリス様、どうぞこちらへ」
「ありがとう、ええと」
「オンデン侍従長と申します、お見知りおきを」
「ありがとう、すぐ親父に会うの?」
「いえ、長旅でお疲れでしょう、王宮で一晩お休みになられて、明日の昼に国王陛下との会談の場を設けます」
「そうか」
アリスとしては歓迎してくれるのであれば、特に問題は無いのであった。
その日は豪華な夕食を食べ、ふかふかのベッドで休んだ。
王都はアリスの帰還に喜び、時ならぬお祭り騒ぎとなった。
それくらい、この時期のリンデン王国は明るい話題が無く、悲しい事、辛いことばかりが続いていたのだ。
王宮はなんだか元気の無い場所だった。
女官も侍従たちも息を潜めるようにして動き、静かに働いていた。
病気の親父が居るからだな、とアリスは思った。
次の日、謁見室でアリスとリシャール王の会談が行われた。
リシャール王は体中に包帯を巻き、台の上で伏せて玉座の前にいた。
「アリスよ、大きくなったな、私がお前の父、リシャールだ」
火傷の血膿の匂いがアリスにまで漂っていた。
「まずは火傷を治そう、親父」
「……、お前は私を許すというのか」
「許すも許さないも決めてない。だが十五年に渡る重度の火傷の苦痛はあまりにも惨いから、まずは治そう」
アリスは焼け焦げて猿のような形になっているリシャールの元に行き、緑の治療光を両手いっぱいに貯めてターラーの火傷を治した。
治癒魔法でも、秘薬でも治らなかった強情な火傷がアリスの治癒魔法によって綺麗に治った。
「ああああ、痛みが、痛みが無い、ああ、そうかそうか、十五年前はたしかにこんな感じであった」
治療を終えたリシャール王は召し物を替えて玉座に座った。
若く魅力的だった王は十五年経ち、闘病に苦しみ、暗い表情の中年男になっていた。
アリスとペトロネラ、そしてナナは対面の椅子に腰を掛けてリシャール王と対峙した。
「魔女の道々からの伝言だ。リシャール王はターラー師殺害の罪で王国丸ごと破門とされた。先々代の師匠であるターラー師は私ことアリスが成人した時、リシャール王と会い、それを許すか許さないかを決める権利を持たせてくれた。ここまでは良いか」
リシャールはしっかりした言動の可愛い娘を見て、目を細めて喜んでいた。
どこか自分にも似ているし、王妃のサンディにもよく似ていた。
「私は親父のやった事はゆるされないと思う。幼い魔女を潰して作るデシデリアの魔導動甲冑を使い、ターラー師を殺害させんとした。まず聞きたいのは、なぜ母さんを斬ったのかだ」
リシャールは口を開きかけ、そして閉じた。
何度も何度も、この日の為に嘘を編み込んでいた。
もっともらしい嘘を吐いて我が娘を騙し、その卓抜な軍事力を使って、リンデン王国を再び大陸の強国にする、その計画、熱を帯びた火傷の苦痛の中で編み上げた嘘の構造物を話そうと思った。
だが、分かった。
嘘を吐くと、この利発な我が娘は必ず気が付く。
同年代の弟子の魔女と言われるペトロネラは『道』の魔女だという、この子にも嘘が通じそうではない。
口ごもった。
「サンディは学生時代から人気者で、綺麗でハキハキして色んな事を率先してやるような娘だった。それに比べて私は成績も良くなく、先見性もなく、ただサンディに引っ張られるままに色々な行事をこなしていただけだった」
「母ちゃんは明るくて魅力的だからなあ」
リシャールは自分でも思ってもいない、素直な言葉が出て来ていた。
「いつだってサンディに私は劣等感を感じていた。あの子は何でも出来た、地域を豊作にして、国民に感謝された。国民はサンディばかり重きを置くようになり、私はないがしろにされているように感じていた」
「そうか、父ちゃん、それは辛いよな」
「ああ、だけど、それでもな、サンディは偉大な惑星属性なんだから、立派で凄い魔女だから、我慢をして、私は王だが一歩引いて居るべきだと思った。でもね、俺はさ、何一つ立派な事ができなくて、重臣たちにはないがしろにされたんだ。どんな意見も「それはどうかと思います」「前例がございませんので」と反対ばかりして、でもサンディが一言助言をすると重臣達はうって変わって賛成をするんだ。そんな事が何年も続いていた」
「実績が無いと信用されないんだよね。辛いね、それは」
「そんな時、お前の懐妊が分かった。嬉しかった。サンディは魔女だから、自動的に生まれてくるのは魔女だと分かった。どんな属性だろうか、国家に役にたつ属性なら良いな、でも普通の四属でも魔女の姫が生まれる事はリンデンという国家にとって大切な事なんだと、お前が生まれるまで、指折り数えて待っていた。本当に楽しみな時間だった」
「そうか、それは嬉しいよ父ちゃん」
「そして、生まれたお前の属性は『星』だった」
日の当たる暖かい謁見室はシンと沈黙に包まれた。
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