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魔女の道々  作者: 川獺右端
第十章 アリスと三人の家来
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第90話 オニキスの婚姻

 オニキスは愛するステファンに会うため、戦場の荒野を歩いた。

 撤退するリンデンの軍隊の中で、オニキスだけが動甲冑姿だ。


「あんたの動甲冑は自我に目覚めなかったのか、運の良い事だな」

「黒い動甲冑、近衛騎士団長の555号ですね、騎士団長、お疲れ様です」


 オニキスはバイザーをあげて、整った人形の顔を兵に見せた。


『中は騎士団長じゃないわ、彼は今、どこにいるのかしら』

「あ、あんた、オートマタの、アリス姫の家来じゃないのか?」

『アリス様にオートマタにして貰ったけど、私はステファン様の乗機よ』

「王国に忠誠を誓ったのかあ、偉いオートマタだで。おーい、騎士団長様はどこだ、本陣か?」

「あー、本陣で見たぞ」

『ありがとう、おじさん達』


 オニキスは歩幅を広げ、早足で軍団の先頭に向けて歩き出した。

 軍団は一時的に歩を止め、野営の準備を始めた。


 ステファンの天幕は一番豪華で煌びやかな物であった。

 グリシラ平原で魔女の道々の軍に対峙するための本陣を立てた時は、火傷のせいで魔導動甲冑が脱げず、悪臭と不潔の中にいたステファンだったが、今では火傷も癒え、入浴を済ませ、七年ぶりぐらいにさっぱりとした気分になっていた。


 思えば七年、ずっと魔導動甲冑を着込んで安眠出来る夜も無かった。

 今では身体に不要な付属物も無く、幸せな睡眠を取れた。


「本当にようございましたな、ステファンさま」


 執事のセバスチャンが夕食の給仕をしながらしみじみと言った。


「セバスには世話を掛けた、これからは魔導動甲冑も無い生活を楽しむぞ」

「これで、奥方さまも探せますし、社交もできますな、本当に何よりでございます」


 セバスチャンは自分の主人が魔導動甲冑に囚われ、七年も不自由を感じて暮らしていたのが不憫でならなかった。

 若い頃は社交で浮名を立てていたが、それもここ七年は一切無かった。

 主人は火傷の跡が多少見えるが、元の色男ぶりを取り戻していた。

 戦死した陸兵には悪いが、この戦争、セバスの主人にとってはとても良い戦争であったと思った。


「なんだ貴様はっ!!」


 いきなり大きな音がして、何か大きな者が天幕に入って来た。

 魔導動甲冑の555号だった。


 ステファンは晩餐のシチューを口に運ぶ途中で凍り付くように固まった。

 セバスチャンも固まった。


 555はバイザーを開いて、にっこりと笑いかけた。


『ステファンさま、私は555号、アリスさまにはオニキス・ゴーゴーという名前を与えていただきました』


 オニキスは魔導動甲冑を脱ぎ捨て、華奢ですらりとしたオートマタの身体を二人に見せた。


『私はあなたさまをお慕い申しております。どうかお側においてくださいませ』


 ステファンとセバスチャンは顔を見あわせた。


「じ、自我が生えたというのに、私に従うというのか、オニキスよ」

『はい、アリスさまの魔法で自我が呼び起こされた瞬間、私はあなた様への想いが耐えきれないほどの大きさで広がりました。どうか、お側に仕える事をお許しください』


 セバスチャンはおののいた。

 魔導動甲冑に子供の魔女の部品が使われているのは、魔女の道々の悪質なデマだと思っていた。

 だが、違う。

 はっきりした例が目の前に現れていた。

 すなわち、魔導動甲冑とは、子供を殺して部品にしていた呪われた魔導具であるというのが真実という事だ。


 ステファンも顔色が悪い。

 オートマタを身近に置くというのは、魔導動甲冑の魔女の道々の主張をはっきりと裏付ける証拠と共に過ごすという事だ。

 アリス姫にはめられた、とも思った。


 ステファンは大剣を取って抜く。


「そんな事はできない、君を近くに置く事はできない、それはリシャール王への反逆になる」


 ステファンは大剣を振りかぶった。

 オニキスは良く光る大きな目でそれを見ていた。


「だ、旦那さま、だ、旦那さま」

「だ、黙れ、セバス、哀れだと言うのか、このオートマタが」

「魔女の子供を潰し、魔導動甲冑にして、記憶も奪われて、やっとこの者は自我を蘇らせたのです、そして、その自我は旦那様を慕ってアリス姫の元からこちらに来たのです。どうかどうかっ」


 セバスチャンは涙を流していた。

 あまりにオニキスが哀れであった。

 そして、無情にも大剣を振り下ろせば、大好きな主人は人として大事な何かを失ってしまう、それも恐れた。


 オニキスは何も答えない。

 ただ良く光る目で微笑みながらじっとしていた。


 ステファンの持つ大剣は細かく震えていた。

 目を大きく開き、脂汗をかいてステファンはオニキスを見つめていた。


 オートマタの顔は美しかった。

 声は鈴を鳴らすように綺麗だった。

 そして555号機は七年、朝も夜もずっと一緒だった。

 自分を包んでくれていた。


「い、命乞い、は、し、しないのか……」

『はい、ステファンさまを愛しておりますので』


 涙がぼろぼろと落ちた。

 大剣から手を放した。

 床に膝を着いてステファンは泣いた。


「お前が我が側に侍る事を差し許す……」

『ありがとうございます、ステファンさま。嬉しいです』


 セバスチャンも、何度も何度もうなずきながら、泣いた。


 リンデン国近衛騎士団団長のステファンがオートマタの嫁を取ったのはこの夜であった、と主張する歴史家も多い。

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― 新着の感想 ―
(ペロッ)これはいい離反フラグ・・・!  ここまで圧倒的・決定的な負け戦続きで、魔導動甲冑の秘密もバレてしまった以上、リンデンの未来はもうないからね。
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