第79話 サンディとヴァンフリート
漁船カフェの甲板で家族三代で和んでいると内陣に高級そうな馬車が入って来るのが見えた。
「あの馬車は」
馬車にはクーニッツ伯爵の紋章が付けられていた。
ディアナは立ち上がった。
馬車のドアが開いて、壮年の男性と貴婦人が降りてきた。
「お姉ちゃん!!」
「ディアナ!!」
ディアナは踏み板の上を駆けて地面に降り立った。
サンディは駈け寄った。
サンディとディアナの姉妹は抱き合って泣いた。
「お姉ちゃん、お姉ちゃあああんっ」
「よく頑張ったわね、ディアナ、アリスをありがとう、ありがとう」
ヨリックに抱きかかえられてアリスも下りてきた。
「おかあしゃま?」
「そうよ、私があなたのお母さんよ、アリスっ!!」
サンディはアリスを抱きしめて泣いた。
「おかあしゃん、おかあしゃん」
アリスは微笑んでサンディに頬ずりをした。
アラニス侯爵も侯爵夫人もそれを見て涙した。
「アリス、大きくなったなあ、さすがはディアナだ」
「おっしゃんだれ?」
「ヴァンフリートだ。よろしくな」
「ヴァン、よろしく~」
キキーラが声を掛けてきた。
「積もる話も多いでしょうから、甲板にどうぞ、お茶を出しやすよう」
「そうよそうよ、私もサンディの話を聞きたいわ。クーニッツ伯爵領はどうなの?」
「良い所です、みなさん親切にしてもらいまして」
「うちのフローラとも仲良くなって楽しくやってましたよ」
「まあ、ヴァンフリート閣下の本妻さんね、そうなの、良い人なのね」
アラニス夫人のクーニッツ伯爵の夫人像は、『青色魔女の恋』での悪役夫人だったので、サンディと仲良しと聞いて意外性に喜んだ。
全員で甲板の真ん中の丸テーブルに着き、お茶とケーキを楽しみながらこれまでの話を伝えあった。
「かあちゃ、かあちゃ、ケーキくれ」
「アリスはおかわりが欲しいの、うふふ」
「だめよ、また晩ご飯が食べられなくなるわ」
「ううう、ししょーがきびしい」
「もうすっかり元気みたいね、お姉ちゃん、一緒にエルフィンの里で暮らしましょうよ」
「アリスと一緒にね、それは嬉しいわね」
「と言うか、サンディもディアナもアリスも、みんなアラニス侯爵領で暮らせば良いぞ、楽しいぞ~」
ヴァンフリートは咳払いをした。
「それについては反対いたします。サンディ王妃とアリス王女が同じ場所に居てはリンデン王国の攻撃が激しくなるでしょう。アラニス侯爵領はリンデン王都に近すぎます」
「しかしのう、ヴァンフリート卿」
「まだしばらくは、私はクーニッツ伯爵領で匿ってもらうわ。ディアナとアリスはエルフィンの里に隠れていらっしゃい」
「いつまで待てばいいんじゃろうか」
「少なくとも、アリス王女が十二歳になるまでは」
「わたしは、はやくおおきくなる~」
「おほほ、アリスったら」
サンディは愛娘の頭をぐりぐりと撫でた。
「アリス王女が十二になる頃には、クーニッツ伯爵領とアラニス侯爵領が連合して国になっている事でしょう」
「あら、新しい連合国を作るのですか、ヴァンフリート閣下は国王に?」
「いや、俺はそんな器ではない。サンデイ王妃、あなたを女王にしたい」
「私が?」
「サンデイ王妃は我が地方では聖母のように崇められています。適任と思います」
「そんな、みんな豊作の記憶があって、私が素晴らしい善人と誤解しているのよ」
「お姉ちゃん、やるべきよ、リンデンではないアリスが帰る国を作ってください」
「アリスの、家……」
「わたしのいえかあ」
「解ったわ、私が女王に即位します。これでいいのねヴァン」
「ああ、サンディの名声で国は大きくなるだろう」
「……、そういえば、アラニス侯爵領とクーニッツ伯爵領の間には貴族の領地があるわよね、あれはどうするの?」
「残念な事だが、攻め滅ぼさせてもらう、アラニスとクーニッツは地続きでないと厄介だ」
血生臭い話だな、とディアナは思った。
軍事行動には依然として抵抗があった。
「生臭い話は、まあやめておこう、サンディもディアナも俺を信じてくれ。それだけだ」
「師匠の愛した人ですから、私は信じていますよ」
「先生の恋人ですから、問題は無いのでしょう」
「ありがとう、ターラーのお陰なのだな」
「はい、世界で一番好きな師匠でしたから」
「死んでしまってとても寂しいです、アリスを見たらきっと喜んでくれたでしょうに」
皆の脳裏にターラーとの思い出が蘇った。
「リンデンの軍はクーニッツ伯爵領に何度も侵攻を繰り返し、撃退されている」
「そんなにですか」
「どうしてもサンディ王妃を取り戻したいらしい」
「私は帰りたくありません」
「よく、リンデン軍を撃退できますね、強兵のリンデンと有名なのに」
「昔はね。でも今のリンデン軍は魔女の協力も得られない陸戦の軍だ。こっちには魔女の協力が得られるから、撃退も容易だよ」
「クランク師も来てくださっているのよ」
「ああ、それは安心ですね」
「バンバリン平原の戦線が終わったから、クランク師も暇でね、クーニッツ伯爵領で戦って貰えているよ」
ヴァンフリートの従者が長い包みを持って来た。
彼はそれを解き、アリスに掲げた。
「ターラーの杖だ、アリス王女に渡すように彼女から託された。受け取ってほしい」
「うん、もらう、ありがと」
アリスはターラーの杖を受け取った。
が、大きいのでバランスを崩しそうになった。
ディアナが慌てて支えた。
「ししょー、ありがと、おお、前に四つなんか口がある」
「四軸ジンバル魔法の噴出口よ、これにのってターラー先生は良く飛んでいたわ」
「こうかー」
アリスは杖の金具に足を立て杖に乗り、四軸ジンバルを吹かして浮き上がった。
「上手い上手い、アリス、上手いぞ~」
「じいじ、これ、たのしーっ」
アリスが杖に乗って甲板をフワフワ飛び回っていた。
覚えるのが早いわね、とディアナは思った。
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