第70話 ペガサスナイト、ヨリック
ディアナは体重移動でボートを傾け、川岸に向けて降下した。
その後をペガサスナイトが追ってくる。
「地面に降りて降伏しろっ!! 大人しくすれば命までは取らない!」
ディアナは河原ギリギリまで降下し、砂利を魔力で掴み上げてターンして浮上した。
「ばっ!」
すわった目で、ディアナは河原の砂利を加速してペガサスナイトに向かって放った。
大小様々な石が激突し、ペガサスの羽は折れ、騎士も被害を負って墜落した。
――落ちたら死ぬわね……。
ディアナは落下するペガサスナイトの速度を魔法で和らげた。
即死だけは免れたが、ペガサスナイトの被害は酷い物だった。
ディアナはふわりと地面にボートを下ろした。
騎士は地面に横たわっていたが、動いていた。
死んではいないと解って、ディアナはほっとした。
「だあだあ」
「ん、どうしたの?」
アリスがペガサスに向けて手を伸ばしたので、ディアナはいぶかしんだ。
羽が折れ、足も砕けた悲惨な姿のペガサスだったが、優しい目でアリスの方へよろよろと歩いてきた。
「だあ」
「血が付くわよ、アリスちゃん」
アリスはにこにこしながら、ペガサスの鼻面を撫でた。
ペガサスも大人しくされるままにしていた。
ぽうっ、と、緑色の治療光はアリスの手から放たれ、ペガサスの酷い傷が治っていく。
「え、なんで?」
「ば、馬鹿な、アリス姫は『星』の魔女で、『命』の魔女じゃないはずだ、貴様、赤子をすり替えたのか!」
ペガサスに劣らず酷い状態のペガサスナイトが詰問してきた。
「知らないわよ、大聖堂のローパー師が間違えてたんじゃないの?」
「馬鹿な馬鹿な、姫が『命』の魔女では、祖国の栄光には繋がらないぞ、そんな馬鹿な……」
アリスが本当に『命』の魔女なら、アリスの為に王と王妃が争い、ターラー師が死んだのが、本当に馬鹿馬鹿しい間違いとなる。
そうならば、アリスは狙われる事は無くなるが、だが、それではあまりにサンディも、ターラー先生も可哀想だ、とディアナは思った。
傷が癒えたペガサスはアリスにありがとうというように頬ずりをした。
アリスはきゃらきゃらと笑った。
「アリス姫、お、俺も重症だ、治してください」
「ぶ~」
アリスはしかめっ面をしてそっぽを向いた。
「厭みたいよ、ペガサスは元気になったから、乗って帰って将軍に見たままを伝えなさい」
「本当に『星』の魔女では無いのか、それでは、死んで行った戦友達は何のために死んだのだ?」
「知らないわよ、あんた達が馬鹿だったんでしょ」
ペガサスナイトはぐったりと座り込んだ。
頭から血がどくどく出て、辛そうだ。
ディアナはこっそりとアリスの産着をずらして肩にあるアザの形を確かめた。
『命』の特徴であるハートの形では無く、どう見ても六芒星の『星』のアザだった。
……、ではなんで治癒魔法が使えるの?
「私たちは行くわ、じゃあね」
「ま、待ってくれ、俺も治してくれ、死んでしまう」
「何とかしなさいよ、私たちの知った事じゃないわ」
ペガサスナイトは泣きそうな顔をした。
――なんだか、子供みたいな人ね。
彼は駆け出しの若者という感じでは無い、ある程度経験を積んだ立派なペガサスナイトに見えた。
彼はちょっと首を振ると、ディアナに向けて頭を下げた。
「落下中に魔法を使って命を助けてくれたよな。その、ありがとう、『月』の魔女」
「別に、また人を殺すのは辛いからやっただけよ、恩義を感じる筋の物ではないわよ」
「いや、それでもな、ありがとう」
ディアナは答えずにボートに乗り込んだ。
ペガサスナイトはよろよろとペガサスに乗ろうとして、落馬した。
足が折れているようだ。
ディアナは辺りを見まわした。
魔物の気配もする。
ここは中央深樹海の深い場所だ。
ペガサスに乗れない彼は、魔物に喰われて死ぬだろう。
私の負わせた傷のせいで……。
「ボートに乗りなさい。傷が治ったら出て行ってもらうわ」
「いや、だが、そこまでしてもらうわけには……」
「ペガサスは付いて来るかしら?」
「だあだあ」
アリスがペガサスを呼ぶと、彼は近寄って来て、アリスを舐めた。
「くそ、俺の流星号がすっかりアリス姫に懐いちまった」
「動物に好かれる子みたいね」
「俺は、ヨリックだ、姉さんは?」
「ディアナよ」
「すまねえ、世話になる」
ヨリックはよろよろとボートに乗り込んだ。
ディアナがボートを浮上させると、流星号も羽ばたき後を付いてきた。
「どこに行くんだい、ディアナさん」
「エルフィンの里よ」
「あんたは、お人好しだな、俺が軍に戻ってペガサス連隊を連れてきたらどうするんだ?」
「エルフィンの里に? ペガサス連隊? 国軍はそこまで狂っているの?」
「そりゃあ、まあ、森の中でエルフィンを怒らせるのは何だけどさ……」
「本当はあなたなんか殺して埋めて行きたいのよ、でも……」
「悪かった、ごめんな」
そのまま二人とも黙ってボートの外を見ていた。
アリスだけが上機嫌で流星号に手を振ってニコニコしていた。
遠くに小山のような大きな木が見えてきた。
エルフィンの大樹だ。
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