第69話 中央深樹海へとむかう
はっと正気を取り戻したディアナは自分のやった惨状を見て卒倒しかけた。
岩で潰された魔導動甲冑騎士達が累々と横たわっている。
鎧の継ぎ目から真っ赤な血がどくどくと流れ、動甲冑騎士は誰一人動かない。
悲鳴を上げていた。
胸がビリビリ震えた。
ディアナは大人しいたちで学生時代でも誰とも喧嘩らしい喧嘩をしたことが無い。
彼女は、自分の行った冷酷な暴力に心の底から恐怖した。
「泣かなくてええ! 馬鹿騎士どもは自業自得じゃ、ディアナが悪いわけじゃねえっ」
「でも、でも、大婆さま……」
メロディ師はディアナを抱きしめた。
「ほんになあ、ほんにこんな優しい子に残酷な魔法を使わせるなんて、世界はいつも理不尽やな、でも泣いたらいかんよ、アリスも泣いてしまうからの」
ディアナは初めてアリスの存在に気が付いた。
おんぶ紐でおぶわれて、アリスは静かに寝ていた。
赤ん坊の暖かさを確かめて、ディアナは落ち着きを取り戻した。
――そうね、アリスを守る為なら、私は何度でも月の魔法を使うわ。
ディアナはそう確信した。
「しかし、すげえな、『月』の魔法は、船を飛ばせる魔法だから、なんでも飛ばして攻撃できんだな」
傷を負った『火』魔法の魔女が手当をしながら笑いを含んだ声でそう言った。
「船ぐらいの大きさの岩を高速で沢山飛ばせば、リンデン王城なんか一日で崩れるんじゃねえの?」
「おお、そりゃあ、良いね、大婆さま、攻め返しちゃいかんのか?」
「阿呆ぬかせ、リンデンを滅亡させて、魔女の国とか作るつもりかえ? 魔女は国を作らず、漂泊の中に人生を捧げる、って千年前から決まってるさね」
ウット山の夜市の準備中は魔女以外も立ち入る事が出来る。
魔女しか入れないのは夜市が開催してる時だけだ。
襲撃の後始末をしていると、ヒルトマンの街の守備軍がやってきた。
「すまねえ、動甲冑騎士どもがいきなりやってきて検問をぬかれちまってさ。後続のリンデンの軍隊はおいら達が止めるからよ」
「そりゃあ、ありがとうね、隊長さん」
「あー、その代わりと言っちゃなんだけどよ、『星』の魔女とよしみを通じたいって御領主さまが言ってらっしゃってよ……」
隊長さんは言いよどんだ。
喋りながら、これは不味い提案だな、と解ったようだ。
「御領主さんは『星』の魔女に会わねえほうがいいよ。まだ赤子だしな。あと、変な気を起こしたって近隣諸国に勘違いされても良くねえだろ?」
「そ、そうだな、うん、御領主様には俺が釘を差しておくな。うんうん、悪かったな」
ヒルトマンの街がある、ピューリ国はリンデン王国の友好国であったが属国ではない。
王は賢明な人物で賢王とも呼ばれている。
そんな人でも、『星』の魔女への渇望が隠しきれていない。
ディアナは、ぞっとした。
「大婆さま、私たちはもう中央深樹海へと向かいます」
「そうかい、うん、その方がいいかもな。もっとちゃんと準備をさせて、十分休ませてから送りだしてやりたかったが……。各国の諜者がやってくるわさ」
「食糧だけ、お願いします」
「解ったえ、今準備させるよ。ディアナ、アリスを守っておくれ、死なさないでおくれ」
「はい、必ずっ」
中央テントでディアナは食糧を受け取った。
アリス用のヤギの乳も缶に詰めて貰った。
「それではソーニャ先生、行ってきます」
ソーニャは懐からブローチを取りだしてディアナに渡した。
「これを見せればエルフィンたちは解ってくれるわ。彼らの村は天を突くような巨木の麓にあるから、解ると思う」
「ありがとうございます、行ってきます」
「三年後の夜市で待っているわ。サンディもその頃には健康を取り戻しているでしょう」
「はい、頑張ります!」
ディアナは池に浮いていた小舟も貰った。
荷物をボートに載せて、アリスと一緒に乗り込んだ。
アリスは身一つでも空を行けるが、何かの船に乗って飛ぶ方が安定感があって好きだ。
何の変哲もないボートは池から水しぶきを滴らせながら空にふわりと舞い上がった。
風に乗るようにボートは高速で空を滑っていく。
少し用心をして、一度別の方角へしばらく飛び、人家の無い森の上で中央深樹海の方へと舳先をむけた。
ディアナの飛行魔法は月の引力を使う。
地球の引力とは系統が違う大きな力なので、土魔法の飛行よりも、大きい質量の物を飛ばす事ができる。
月が見えている時だけではなく、地平線の向こうに沈んでも月の力は使える。
ただ、一日に二回、日没と日の出の瞬間だけは角度が付いていないので飛行には使えない。
わずかでも角度があれば、押す力として、引く力としてディアナは月の力を自由に使うことが出来る。
ディアナは快調に空の旅を続けていた。
そして、ウット山を出て三日目、ついにディアナは中央深樹海にたどり着いた。
ディアナは空から樹海を見下ろして絶句した。
――こんな深い森は初めて見たわ。
中央深樹海は大陸の中央部にある森林地帯だ。
強い魔物が多く、精霊のエルフィンが住むという事で、近隣の国は誰も開墾をしようとしない。
かりに開拓村が作られても、半年も経たないうちに魔物の群れに襲われて全滅する、そんな過酷な場所なのだ。
ふと、気配を感じてディアナはふり向いた。
ペガサスに乗った騎士が、ディアナ達を追跡していた。
「止まれー!! 王国に反逆する毒婦めっ!! アリス姫を返せ!!」
リンデン王国のペガサスナイトのようだ。
ディアナは船の速度を上げて、高度を下げた。
ペガサスナイトは追いすがり、槍を構えた。
――まずい!!
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