第67話 ガンドール工房の引っ越し
ターラー昇天の夜から三日経った。
ガンドール工房のご隠居は、魔女と工員を集めて宣言した。
「我が愛すべきターラー師を死なせたリンデン王家には、愛想が尽きた。ガンドール工房はその全員が別の国へ移住する」
工房の人々はざわめいた。
確かにターラー師の死は衝撃で、許せないという気持ちが湧いたが、一足飛びにリンデン王国を出るとはならなかったのだ。
「ガンドール工房は魔女の力を借りて業績を伸ばして来た、リンデン王国から魔女さんたちが居なくなるという事は、これまでと同じ品質のガラス製品を作るのが不可能になったという事だ」
現社長のトーマスが手を上げた。
「父さん、それでどこの国に行くつもりなんだい?」
「ランドランドだ、あそこの国には工業街があるという、そこで工房を作り直す」
「しかし、魔導炉はどうするんだい? 分解しても輸送は出来ないよ」
「残念だが、置いて行こう、新しい街で新しい魔導炉を作るしか無いな」
「わかった、工員の魔女たちも連れていくなら、それが最善だね。現社長として、会長の父さんを支持する」
わあっと拍手が湧いた。
ハンナも、サリーも、ポーラも、工房の移転に賛成であった。
ターラーと一緒に長い時間を過ごした工房の火を消さないのが一番重要だと思ったのだ。
「おい、サリー、手伝え、ターラーのガラス像を梱包して運ぶぞ」
「ああ、そうだね、お前さん、あの像は必要だね」
「工房に置いていったら、絶対に糞兵隊に壊される。あれは千年先の人間にも見せなきゃならねえ逸品だぜ」
ここでボストン師匠とサリー師がターラー像を守り輸送したからこそ、現代の我々も美術館で、あの素晴らしい像を見る事が出来る。
このリンデン大退去で様々な混乱があり、幾多の貴重な文化財が破損し、紛失した。
ガンドール工房の移転は奇跡的に上手く行った例の一つで、かの工房産の幾多の文化財が後世に残った。
あの混乱の中で、理性を失わず、粛々と移転作業を完遂したガンドール工房のみなさんの努力を、私は賞賛せずにはいられない。
さて、ガンドール工房はリンデン国内随一の大ガラス工房である。
引っ越しの準備にも時間が掛かった。
金であがなえる物はなるべく置いて行き、どうしてもという物を梱包したが、それでも凄い量となり、馬車が何十台も連なった。
リンデン王都の加工業地域では、一斉に移転し始めたため、馬車や人足の手が足りなくて困ったと伝わっている。
都市魔女の中には、住み慣れたリンデン王都から脱出する事を良しとしない者もいたが、ターラーが死んだ事、太陽妃に斬りつけた事を見て、残っている魔女がどうなるか、全く解らない事で不安が広がり、渋々王都を脱出する魔女がほとんどであったという。
リンデン軍は、魔女の退去を妨害し、元の住居に帰るように説得をしたが、逆に魔女のリンデン王国に対する不信感は膨らみ、そして恫喝するような軍の対応に不満は爆発する。
軍人と魔女との衝突があちこちで発生した。
そして、当然の事だが、魔女が勝った。
火を、水を、風を、土を操る魔女の戦闘力は都市魔女といえど馬鹿にできたものではなく、そして、戦闘になると、どこからともなく、クランク師が現れ、軍隊を叩き斬った。
プラント師の計算では、魔女が王都から脱出するまで、最長で五日、と見ていたが、全く甘い想定であった。
完全に王都から魔女が一人も居なくなるまで、二週間の時間がかかった。
王都を出た最後の魔女はクランクだった。
南門で軍隊の前で仁王立ちでにらみ合い、そして、最後の荷馬車が南門をくぐると、全ての興味を失ったようにふり返り、ゆっくりと南門をくぐった。
「しかし、『繋』の念話放送、あれは未発見の魔女を探すのにもいいな」
「ああ、予想以上に自分が魔女としらない魔女がいるんだって、解ったな。子供の頃は魔力が小さくて、大人になって顕現するほど大きくなるタイプの魔女が居るんだ。そういう人は、自分が魔法を使えるとは思ってもみないから試したりもしないんだろうな」
「都市で、年に一回、『繋』が広報したら、そういう遅咲きの魔女を探せそうだな」
「ああ、それは面白いな。長老たちに打診してみよう」
プラントとクランクはのんびりとした足取りで街道を歩いていた。
リンデン王国を脱出した魔女の避難先はさまざまであった。
ランドランドは工業が盛んなので、工房ごと移転していった所も多かった。
クーニッツ伯爵領や、アラニス侯爵領でも魔女達を受け入れた。
小領がリンデン王国から独立し、小国を建てる事が流行した。
クーニッツ伯爵領とアラニス侯爵領は合併し、間にはさんだ小国を交えて、西部連合国として独立した。
リンデン王国は、ターラーの死から急速に没落し始めた。
魔女が居ないために工業生産は十分の一程度に落ち込み、軍の実力も落ちた。
デシデリア共和国産の魔導動甲冑を魔女の代わりに大量に買い付け、配備したが、魔女ほどの戦術的自由度もなく、軍は敗退を続けた。
リンデン王国の諜報機関や軍は血眼になって王女アリスの行方を捜し回った。
だが、その姿はようとしてしれなかった。
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