第65話 それぞれの王都脱出
王都の城壁を最初に越えたのは空を行くディアナであった。
その手にアリス姫がいることを王府に感づかれてはおらず、今は距離を取るのが最善の手だと考える。
慣れた船が使えれば良かったのだが、残念ながら実家のアラニス侯爵領のタウンハウスに停泊してあった。
実家に戻ったりすれば、足取りを掴まれていない、という有利をみすみす棄てる事になる。
王都の外に出てから、ボートでも購うつもりであった。
アリスはディアナの胸の上でニコニコ笑っている。
『星』の魔女を誰にも渡してはならない。
彼女の分別が付くまで、いや、魔女の生き方を理解するまで、世に出すのは危険だった。
ディアナは王都の郊外の森の上を飛ぶ。
夜の森は真っ黒でとても寂しい空だった。
満天の星が降ってくるようだ。
朝まで飛んで、明るくなったらどこかに隠れる。
おぶい紐と、サンディにプレゼントしようとしていた産着やおむつは鞄の中にある。
お乳はどうすれば良いのだろう。
姉から託された大事な赤ん坊を死なせる訳にはいかない。
ディアナはアリスをしっかりと抱きかかえて空を行く。
ヴァンフリートは気力を振り絞り立ち上がった。
ターラーがいた場所には何もない。
焦げ痕一つ無い。
まるで夢だったような気もするが、そうではない、彼の愛しい恋人は死んだのだ。
人が精霊になるのは四大属性の奥義の魔法だ。
熟練の最高位の魔女だけが、この奥義に到達できると言われている。
精霊化した魔女は対属性による魔法攻撃以外を受け付けない、無敵状態となる。
先代の『星』魔女ティラーンも『水源』の魔女リーファと『真銀』の魔女トライトが精霊化して戦い、倒したという。
精霊化した魔女は命を魔力に替えて莫大な魔法力を操り、物理攻撃をすり抜けて無敵の力を誇る。
そして、命を魔力に変換しおわると、消滅する。
遺体も残らない。
ヴァンフリートの一行はタウンハウスの者達とサンディだ。
五台の馬車に分乗して王都の南門を目指している。
「旦那様」
御者がヴァンフリートを呼ぶので顔を上げた。
「魔女です」
ドアを開けると、プラントとローパーがいた。
「治療が必要な魔女がいるのでしょ」
「プラント師、ローパー師、助かる、ありがとう。でも、どうしてここを?」
「ターラーが教えてくれたわ、彼女はリシャールに事情を問いただしに行ってるだけだから、すぐ帰ってくるわよ」
「彼女は精霊化した、俺の前で消えた」
プラントとローパーは目を見開いた。
「そう……」
「ああ、ターラー、なんて事……」
「悲しむのは後だ、まずは王都を出て、我が領に急いで移動しないと」
「ええ」
「サンディ王妃の容体を見ます、どちらの馬車ですか」
サンディを乗せた馬車のドアが開き、ローパーの弟子が顔を出した。
「先生~!」
若い聖女は、あからさまにほっとした顔をしていた。
「今行くわ、では、治療に入ります」
「お願いします、ローパー師」
ローパーはサンデイを乗せた馬車に乗り込んだ。
プラントはヴァンフリートと同じ馬車に乗った。
「精霊化だなんて、中央公園で何があったんだ?」
「解らない、ターラーは穏やかな顔で杖をアリスに渡してくれといって逝ってしまった……」
「くそうくそうっ!! リンデン王国はもう終わりだなっ」
プラントは座席に置いてあったクッションを殴った。
「追っ手は来るでしょうか」
「ああ、王府はサンディ王妃を逃がす訳にはいかないからな、軍隊が来る。急いで逃げよう」
「門を突破できれば良いんですが」
「あんたの領の兵隊は王都に居ないのか?」
「必要が無いですからね、タウンハウスに何人か剣が使える者が居るぐらいですよ」
「まずいな、軍に捕捉されたら抵抗の方法が無いぞ」
「その時は、男衆で抗いますので、プラント師とローパー師で女衆とサンディ王妃を連れて逃げてください」
プラント師はその人形のように整った顔にしかめっ面を浮かべた。
「女どもだけで、クーニッツ伯爵領まで馬車を走らせろってか、あはは、途中で野盗にやられるのがオチだろうぜ」
馬車が急停車した。
「だ、旦那様っ! 旦那様!」
「どうした?」
「軍隊が、前を封鎖していますっ」
ヴァンフリートが前方を見ると、軍隊が整然と並び、道を塞いでいた。
馬車を降りてヴァンフリートは前に出た。
「そこを通して貰いたい、私は、クーニッツ伯爵家のヴァンフリートだ」
士官が前に出て来た。
「抵抗をしないで下さい、あなたには太陽妃と赤子の王女さまの誘拐容疑が掛かっています」
ヴァンフリートは前を見た、道路の封鎖は厳重で、男衆が戦っている間に、女馬車を通す、とは行かないようだ。
引き返して、別の門に向かう事も出来ないだろう。
ヴァンフリートは剣を抜いた。
家令や庭師たちも武器を手に取った。
「手向かいすると言うのか、全員抜刀!!」
「「「「「応!!」」」」」
一糸乱れぬ挙動で全軍が剣を抜いた。
二つの陣営の間に空気がねじくれるような殺気が立ちこめた。
そして、その殺気を切り裂くように、空から誰かが降ってきて、ズドンと音を立てて着地した。
それは汚れたマントを着ていた。
汚れた帽子をかぶっている。
体には薄汚れた皮鎧。
身の丈ほどの大剣を背負っていた。
王都防衛軍の一人は、それを知っていた。
戦場から出世して、もう二度と見なくていいと思っていた悪夢のような存在だ。
自然と新兵のような悲鳴が口からまろびでていた。
「クランク来来!!!!」
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