第60話 男の子は魔女を使いたい
「『星』の魔女か……」
「なんて事、属性が『星』だからアリスちゃんは殺されそうになって、お姉ちゃんが命がけで助けたの?」
「そんなに『星』は嫌われているのかしら」
「ちがう……」
ターラーはサンディの深い切り傷に応急処置をしていた。
かなりの重症だ、放っておくと命は無いだろう。
王国神殿へ聖女を呼びに使用人が走っている。
ディアナとターラーは、はるか昔に大陸の半分を焼いた『星』の魔女の事を思い浮かべた。
その再来を恐れ、アリスを亡き者にしようとした者が王宮にいて、サンディが命がけで我が子を助けた、と推理した。
だが、ヴァンフリートの意見は違うようだ。
「『災厄の魔女』という絵本があってな、よくうちの坊主にせがまれて読んでやるんだが……、かならず読み終わりに言う事がある」
「なんて?」
「『僕だったら、もっと上手に『星』の魔女を使えるよ』ってな」
「まさか……」
「アリスちゃんを戦争に使いたいの? リシャールは……、そんな馬鹿な感じには思えなかったけど」
ディアナは学校でリシャール王と同級生であった。
彼はいつも公平で、理知に優れ、穏やかな男であった。
「男はそういう所があるんだ、女には解らないかもしれないが。先王が急死したせいで、リシャールはまだ若い、二十歳にもなっていない、王府の重臣達には当然舐められる。だが、我が子が『星』だったら? メテオストライクの魔法があれば、だれもリシャールを侮る者はいない、逆らう国も無くなる。奴は大陸の覇者になれる」
ざあっと音を立ててターラーの血の気が引いた気がした。
「王が、手ずから、サンディを斬ったの?」
「おそらくは……」
「どうやって王宮からここまで逃げてこれたのかしら……」
「お姉ちゃんは、『透明』の魔法をこの前作っていたの、先生には内緒で、驚かせてやるんだって言ってました……」
「馬鹿ね、本当に……、死ぬほど驚いたわよ」
ターラーは優しくサンディの髪の毛を撫でた。
クーニッツ伯爵のタウンハウスの二階に居間があり、そこから王城の様子が見えた。
光が左右に分かれて動いている。
「近衛騎士団が動いている、左はアラニス侯爵家へ、右はターラーのアパートメントに行くのだろう」
「ここに入った事は気付かれていないわね」
「ここにターラーが来るって、誰かサンディに伝えたのかい?」
「いいえ」
「お姉ちゃんと私は、だいたいどこら辺に居るか、何となく解るので、私を目指して来たのでは無いでしょうか」
双子の不思議さよ、とターラーは思った。
ターラーは赤子のアリスをディアナに渡した。
小さなアリスは上機嫌で笑っている。
「あ、あの?」
「ディアナはアリスの師匠になりなさい」
「え、そんな、私はまだ、そんな事出来ないですよ」
「大丈夫、ディアナは私の自慢の弟子なんだから、やれるわ」
「で、でも……」
「空を飛んで王都を脱出しなさい、次のワルプルギスの夜市はアウネの街のサンリッカ山よ、魔女の道々の幹部はそこで準備をしているから、アリスを連れて逃げ込みなさい」
「は、はいっ」
ターラーはサンディを見、ヴァンフリートを見た。
「ヴァン、サンディを連れて王都から脱出してくれないかしら」
「解った、クーニッツ領に連れて行こう、なんとしてでも」
ターラーは王城を厳しい目で見つめていた。
「先生はどうするんですか」
「貴方たちが逃げる時間を稼ぐわ」
「先生っ」
「ターラー、それは危険だ」
「灯りが駐屯地に向かっているわ。王は軍を動かすつもりよ。だから、私が軍を焼くわ」
「ターラー……」
「アリスちゃんとサンディを王に取られたら負けよ、今、私が動いて暴れたら、ディアナも、ヴァンも安全に逃げられると思う」
「ターラー」
「うん」
「死ぬな」
「努力するわ、生きていたらクーニッツ伯爵領に行くわね」
「領城で、サンディと一緒に待っている」
「うん」
ターラーは微笑んだ。
ディアナはおんぶ紐を貰い、アリスをそこに入れた。
鞄に食糧とお金を詰め込んでテラスに出た。
「それでは、先生、行ってきます」
「気を付けて、アリスちゃんをよろしくね」
「はいっ、大事な私の弟子ですからっ」
ディアナは手すりをポンと軽く蹴って宙に飛びだした。
ターラーとヴァンは、空を行くディアナを夜の彼方に見えなくなるまで目で追った。
「ヴァンの方が大変だけど、頑張って」
「タウンハウス全体で逃げる、色々な技術を持つ奴がいるから何とかなる」
「そう」
「ターラー」
ヴァンフリートはターラーの顎に指を当てて首を上げさせて、キスをした。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
重体のサンディを馬車に乗せ、ヴァンフリートとタウンハウスの使用人たちは静かに屋敷を後にした。
出発の間際に、ローパーの弟子の若い聖女が走って来て、使用人にうながされて馬車に乗りこんだ。
――サンディ、死んじゃだめよ。
ターラーは杖を肩にしてタウンハウスを見上げた。
太い息を吐いて肩をすくめると歩き始めた。
「さて、悪い王様をぶん殴りに行きますか」
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