第59話 誕生の夜
サンディのお腹が大きくなっていき、端から見ても解るようになった頃、王都は夏を迎えた。
若きリシャール王と太陽妃の第一子が生まれるという事で、国民の期待は高まり、皆が誕生の日を指折り数えていた。
カドモジ市の大聖堂から大聖女ローパーが呼ばれ、聖女達が胎児の成長経過を見守っていた。
大国リンデンが総力を上げて、サンディの出産をバックアップしていたのだ。
「ローパーちゃんも約束通り大聖女になっちゃったわね、ケイロン師はお元気?」
「ええ、元気も元気、かくしゃくとしていて助かるわ」
「やっぱり師匠は長生きしてくれないと困るわよね」
「本当にね、ゾーヤ師の死が惜しいわね」
「師匠が生きていたら、孫弟子が王妃様になったって喜んでくれたでしょうにね」
「サンディ師の王女様が元気に生まれてきたら、魔女と人間の間に新しい関係が生まれて明るい時代が始まると思うわ。素晴らしい事よ」
「そうね、私も師匠として誇らしいわ」
王宮でローパーと会ったので、ターラーはそんな事を話合った。
暑い夏はじりじりと過ぎて行き、サンディの出産予定日を迎えた。
王都中の民が期待に胸をわななかせて王女の誕生を待ちわびる。
ターラーはその日、クーニッツ伯爵家のタウンハウスに招かれていた。
ヴァンフリートが誕生の一報と共に秘蔵のワインで祝おうと誘ってくれたのだ。
ターラーは、お邪魔じゃ無いですかと恐縮するディアナを誘ってタウンハウスへ訪問した。
「お、お二人の時間に割り込むのはどうかと……」
「馬鹿ね、もう何年もの付き合いなのよ、弟子の一人や二人割り込んでも問題無いわよ」
「そういう物なのですかあ」
この頃のリンデン貴族の恋愛事情はそんな感じで、本妻があっても愛人を作る事に抵抗は無いのであった。
ターラーは古くからのヴァンフリートの内縁の妻とも言えるので、それほど日陰者という訳でも無い。
三人は午後からタウンハウスに入り、誕生の知らせを今か今かと待ち望んでいた。
その日はどんよりと曇り、蒸し暑い日であった。
ターラーとディアナはサンデイの愉快な思い出話を語り、ヴァンフリートを大いに笑わせた。
「姉さんは昔から快活で図々しくて誰にも好かれる質で、本当に愉快な人で」
「博打が凄いのよね、私は夜市でプラント師を負かした魔女を初めて見たわ」
「魔女はワルプルギスの夜市で賭け事をやっているのかい?」
「プラント師が、若い魔女に賭け事の怖さを教える為ってやり始めたらしいの、ほら、男性が魔女を支配しようとするならお金か恋愛でしょう」
「ああ、なるほどねえ、プラント師は『算』の魔女だから、賭け事が得意なのか」
「でも姉さんの運の良さがそれを上回ったみたいで、本当にあの時は盛りあがったわ」
「ターラーが君たち双子を連れて来た日を今でも思い出せるよ。ほんの小さな幼児だったのに、あっというまに大人になるんだよね」
「本当ね、子供が大人になるのなんて一瞬の事よね」
「ディアナは良い人は居ないのかい? 学園ではすごくもてていたと聞くが」
「ああ、私はその、あんまり恋愛に興味がなくて、あはは」
ディアナははにかんで笑った。
「こればっかりは縁ですからね。あと、魔女は結婚しなくてもあまり困らないので」
「魔法で食べて行けるのは強いよね」
「私は将来は大型の船を飛ばして運輸する魔女になろうかなって思ってますよ」
「ああ、それは儲かりそうだ、どうだね、家の領都から王都への往復定期便を将来就航してくれないか」
「空を行くと早いですからね、クーニッツ伯爵領だったら、その先のアラニス侯爵領まで行けば便利かもしれないわね」
「良いですね。ターラー先生と一緒に道々の仕事ですよ」
「ワルプルギスの夜市には直行便を仕立てれば都市魔女達に喜ばれるわよ」
「そうですね、お姉ちゃんの赤ちゃんも次の次の夜市ぐらいには行かないとならないし、良いかもしれません」
余談ではあるが、ここでターラーが提案した空路は、後に大型飛空艇が発明された時に使われた。
現代でも、リンデン屈指の稼ぎ頭の航路である。
王女誕生の一報は、王城に隣接する大教会の金が鳴り響く事で都民に知らせる事となっていた。
が、夕方になっても一向に鐘が鳴る気配が無い。
「遅いわね、難産なのかしら」
「こればっかりはね、初産でもあるし時間が掛かっているのだろう」
「ちょっと心配ですね」
三人は夕食を食べ、居間でくつろいで鐘を待った。
ディアナが不意に上を見上げた。
「あっ、今」
彼女は下腹部を押さえた。
「生まれた、ような、気がします」
「おお、双子だから霊的に繋がっているのかな」
「生まれたのね、やったわ、サンディ」
だが、鐘が鳴らない。
「え? ぎっ!!」
ディアナが短い悲鳴を上げて肩を押さえた。
「ど、どうしたの?」
「……、わ、解りません、斬られた? の? お姉ちゃん、どうして?」
「な、なぜ、王妃が斬られるんだ、ランドランドの刺客かなにかか?」
「わ、解りません、なんだろうなんだろう」
鐘は依然として鳴らなかった。
辺りはすっかりと暮れ、空は真っ暗になっていた。
「王城に確認に行きましょう」
「そうだな、サンディ王妃が心配だ」
「お姉ちゃん……」
王城に行くための馬車を家令に申しつけて、三人は出かける準備をした。
「旦那様!! 旦那様!!」
家令の悲鳴が聞こえた。
三人は玄関に急ぐ。
「王妃さまがっ!! サンディさまがっ!!」
サンディがクーニッツ伯爵のタウンハウスの玄関で倒れていた。
肩に切り傷があり、血で真っ赤だった。
「ああ、師匠、師匠、あの人が、リシャールが狂ってしまった、助けて、師匠……」
「どうしたの、しっかりしなさい、サンディ」
「この子を、アリスをおねがい……」
そう言って、サンディはターラーに赤子を渡し、気を失った。
ターラーの腕の中で、玉のような金髪の赤子がケラケラ笑っていた。
ターラーの表情がふんわりと緩んだ。
だが、赤子の肩にあった属性紋を見て、彼女は愕然とした。
そこにはくっきりと『星』の紋章が浮かんでいる。
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