第50話 大好きな師匠を野辺送りする
突然の師匠の死にターラーは泣いた。
死はもっともっと遠い所にある存在のはずで、自分が弟子を取り、孫弟子を可愛がってもらって、それから道々の幹部会にゾーヤが所属してからのはずだった。
こんなに早く師匠が逝ってしまうとは思いもよらなかった。
動かなくなったゾーヤの亡骸に取りすがり、ターラーは子供みたいに泣いた。
「心臓だなあ、ぽっくり逝ってしまって、苦しいのは一瞬だったろうよ」
「葬式をだすべや、ターラーさんや」
「……はい」
ターラーは師匠の鳩に手紙を付けて訃報を道々に知らせた。
ゾーヤは湖の畔に葬られた。
お金を掛けて大きなお墓をターラーは作った。
余談ではあるが、ミリガン湖の畔にゾーヤの墓は現存している。
今でも、ときどきターラーの歌劇のファン等がお花を手向けているという。
ソーニャとエリカがやってきたのは三日後だった。
ターラーはソーニャに抱きついて泣いた。
「本当にもう、良い魔女は先に逝ってしまうのよね」
「ソーニャ師匠……」
「ターラーちゃん、元気出して」
「しっかりしなさい、あなたは一人前の魔女になったのよ。一人で大陸を旅をして弟子を探すのよ」
「私が師匠になんて、そんな、ぜんぜん自信がありません」
「みんなそうなのよ、きっとエリカも弟子を取るとき、自分にはまだ早いと思うわよ」
「ま、まだまだなので、死なないでください師匠」
「わかってるわよ、エリカ」
エリカちゃんは師匠が生きていてうらやましいな、とターラーはそんな事を思った。
二人と別れ、ターラーはゾーヤの眠る湖の村を後にした。
肩にのしかかる二人分の荷物がずっしりと重かった。
何度も何度も、ターラーはふり返り、お墓を見て涙を流した。
予定では次の三ヶ月は戦場だったが、ターラーは戦う気にならなかった。
戦場までは足を伸ばしたが、ミリンダ大尉に訃報を知らせ、そのまま街道に出た。
そしてターラーは走って来たクランクに追いつかれた。
「おい、ゾーヤが死んだのか」
「死にました、クランク師には生前故人がとてもお世話に……」
ターラーは言葉に詰まった。
クランクがぼろぼろと涙を流していたからだ。
「ああ、なんてことだろうなあ、私が殺してやりたかったのに……、死んじゃうなんてよ」
「ありがとうございます……」
「今年は戦場は無理か、来年来いよ」
「はい」
ターラーはぺこりと頭を下げて街道を歩き出した。
寂しい、寂しい。
一人での旅が気が狂うほど寂しかった。
師匠を目で探して、ああ、居ないんだと実感して、また気分が塞がった。
旅の目的地も、何をするのも、ターラーの自由だった。
師匠に相談ができない不安で体が縮むような気がした。
ヴァンフリートとたまらなく会いたいが、領城の本妻さんが懐妊していると聞いて、行くのがはばかられた。
ターラーの足は王都に向いた。
王都内で、いつものアパートメントを借りゾーヤの友だちなどに訃報を知らせていく。
「そうか、ゾーヤ師がお亡くなりに、惜しい人を亡くした」
トーマス社長は弔意をしめし、うなだれた。
ゾーヤの切り子細工は一流品で人気があった。
ターラーはニノンに会い、ゾーヤの形見を渡した。
「ドラゴン外套、いいのかい?」
「師匠が外套はニノンにやっとくれって、いつも言ってたわ」
ニノンは顔をくしゃくしゃにして泣いた。
「本当になあ、実の姉みたいな人で、世話になったのに、私は何にもできねえで」
「師匠の切り子細工を継いでくれれば良いわよ」
「ああ、そうだな、あんたは魔女の生き方を継ぐ、私は切り子細工だ。うん」
ターラーは次の日から工房で働きだした。
懐かしいセンター時間の魔女たちが、口々に慰めてくれた。
「ゾーヤ師、お亡くなりに、ご愁傷様ですターラー師」
「ありがとう、ポーラちゃん」
「私もロッカ師匠が亡くなったらと思うと怖いですよ」
「大丈夫、ポーラちゃんはちゃんと良い魔女になってるよ」
「だと良いんですが」
ポーラもすっかり大きくなり落ち着いた魔女に育った。
ハンナやサリーもちゃんと大人になり中年になっていた。
悲しみを晴らすように魔導炉をガンガン回していると少しは気持ちが紛れた。
戦場に行かなかった分、この年は工房に一ヶ月多く居た。
王都にヴァンフリートがやってきてターラーのアパートメントに来た。
ゾーヤの訃報を聞いて上京してきたらしい。
ターラーはヴァンフリートの胸の中に跳び込んで泣いた。
優しく慰めてもらって少し気分が楽になった。
「領城に来てくれれば良かったのに」
「奥様が懐妊したというのに、顔を出せないわ」
「ああ、そうか……」
生まれてくる子供が男の子だったら良いわね。そう言おうとしたが、ターラーは止めた。
王都に居るヴァンフリートは伯爵ではなく、ターラーの恋人であった。
しっとりとした日々を過ごし、二人の仲がゆっくりと深まっていく、
そんなある日、ガンドール工房にアラニス侯爵家から賓客が来た。
トーマス社長に呼ばれて、ターラーが応接室に行くと、中には奥方様らしい女性と、綺麗な双子の小さな女の子がいた。
「こんにちは、どうしましたか」
「ああ、ターラー師、アラニス夫人のおっしゃる事を聞いてほしい」
「ああ、高名な魔女のターラーさま、お聞き下さい、我が家の双子は、あの……、魔力がありますの」
ターラーは双子を見た。
金髪でお日様のように微笑む子と、黒髪で月のようにはにかむ子がいた。
双子を一目見てターラーは解った。
――この子達は私の弟子だ。
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