第49話 恋人を得た後の魔女の生活
とりあえず、ヴァンフリートの愛を得て、ターラーの一年は変わった。
戦場と王都ガラス工房に三ヶ月ずつ滞在は変わらないが、一年に一ヶ月ほど、クーニッツ伯爵領の領城での滞在が加わるようになった。
もっとも王都にいる間も、クーニッツ伯爵領のタウンハウスでヴァンフリートと逢い引きを交わしてはいるのだが。
ヴァンフリートの内縁の妻のようにターラーはなり、伯爵家の使用人たちもそのように扱ってくれた。
この頃が、ターラーの一生で一番幸せな時期であったろう、と言われている。
「赤子はできねえか?」
「駄目ですねえ、出来たら伯爵家で育てるってヴァンは言ってましたが」
「生まれたら魔女だあなあ、ポーラーか、エリカの弟子にだすかいの」
「いやですよ、気の早い、でも赤ちゃんが生まれたら、それは良いですねえ」
工房に行く道々でゾーヤとターラーはそんな事を語り合っていた。
ガンドール工房も社長が隠居して、若旦那が社長にめでたく就任した。
気の合う都市魔女さんたちと楽しく魔導炉を回して働く。
休日はヴァンフリートと一緒にレスドランに出かけたり、美術館に行ったりした。
子供はなかなか出来ないが甘々で充実した日々だった。
自分の前で笑顔を見せるヴァンフリートがターラーは好きだった。
意外に子供っぽい所もあって、それでいて頼りがいがあって、自分を大事にしてくれる彼が大好きだった。
旅に出て、遠い空の下にいる彼を思って歩くのも好きだった。
旅先に時々届く彼の甘い手紙を読むのが好きだった。
王都に戻り、彼の胸に飛びこむ瞬間が好きだった。
そして、五年後、ヴァンフリートは本妻をめとった。
伯爵家を途絶えさせる訳にもいかず、子爵家の次女との結婚であった。
「勘違いしてはいけない、僕が一番愛しているのはターラーだ、それは変わらない、天の女神に誓ってね」
「信頼しているわヴァン、でもやっぱり子供が出来ると変わるわよ」
「大丈夫だ、大丈夫大丈夫」
その言葉はまるでヴァンフリート自身に言い聞かせているようにターラーには聞こえた。
次の年、ターラーが領城に行くと、本妻が挨拶に来てにこやかに頭を下げた。
表情は柔らかったが、目が冷たかった。
仲の良かったメイドや執事もなんだかよそよそしくなっていた。
もう、領城を訪問するのはやめよう、とターラーは思った。
彼は変わらず優しいし、愛してくれているが、本妻の方にも目を向けて家族を作って欲しかった。
――子供が、できてたらなあ……。
ターラーの子宮は孕むことは無かった。
魔女の赤ちゃんが欲しかった。
彼との愛の結晶が欲しかった。
だが、子供は出来なかった。
「ソーニャ師匠に相談できませんかね?」
「無理だあなあ、『夜』ってもな、魔女を孕ませる秘訣なんかは知らねえだろう。運が良ければ一発なんだがなあ」
ターラーとゾーヤは旅を続けた。
寒い雪の野を歩き、海沿いの岬を越え、砂漠の暑さに呻き、壮大な山の峠を越えていく。
四年に一度のワルプルギスの夜市がまた来て、旧友との交流を温めて、飲んで食べて騒いで楽しみ、そしてまた旅に出る。
戦場に出て、工房で魔導炉を回し、迷宮を歩く。
ターラーも魔女として一人前になり、こうやって人生を過ごして、そして老いて死んでいくんだろうな、とターラーが思った頃、ゾーヤが倒れた。
峠道であった、初老にかかっていたゾーヤは歩きが遅くなっていた。
そして、胸を押さえて彼女はしゃがみ込んだ。
「お師匠さん、大丈夫?」
「ぐぬぬぬっ」
ゾーヤの顔は真っ青だった。
ターラーはオロオロした。
秋口の深山、峠越の途中だ。
この症状は、どこかで休ませないとあぶない。
ターラーはそう思い、脳裏にこの周辺の地図を思い浮かべた。
峠を越えた湖の近くに村があった。
そこまで運んで、教会の治癒魔女を呼んでくる。
ターラーはそう決めた。
「死なないでください、まだまだ、師匠には教えてもらう事がいっぱい有るんです」
「あ、ああ、ぐぐぐっ」
ゾーヤは苦悶の声を上げたが、顔は笑っていた。
ああ、師匠が死んだ時とうり二つだなあと思っていた。
あんときは、無理して『風』の飛行魔法を使おうとして、瀕死の師匠と一緒に死ぬ所だったねえ。
そう、ゾーヤは思っていた。
ターラーもそうした。
荷物から紐を取りだして、背中にゾーヤをくくりつけ、杖のアタッチメントを開き、それに足を掛けた。
ドドドという噴射音と共にターラーはゾーヤを背負ったまま、空を飛んだ。
『火』飛行魔法は魔力の燃費が悪い。
だが、ターラーは歯を食いしばり飛んだ。
村まで必死になって飛び、村の門の所で魔力切れになり、ゾーヤを背負ったまま村に飛びこんだ。
「急病人なんです、どこか休む所を」
「……、もう、死んでんぜ、そいつ……」
ターラーは悲鳴を上げた。
動かなくなったゾーヤの体を揺すぶった。
だが、ターラーの大好きな師匠は、もう死んでいた。
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