第47話 夜半に呼ばれていく
夜半、窓がホトホトと音を鳴らした。
鎧戸を少し押し上げるとランタンを持った男がいた。
「先生が呼んでいる、こい」
「わかったわ」
ターラーは杖に光玉を点けて客間を出た。
ゾーヤは寝たふりをしてベットから手を出してひらひらと振った。
外に出た、月が丸く高い。
男の顔に見覚えがあった、先生の近くにいた農民の男だ。
「大きくなったな、ターラー、先生はお前をずっと待っていた」
「そう」
夜の森を迷い無く男は歩いて行く。
ホウホウと梟の鳴く声、がさがさと何かが藪の中を動いている音がする。
ターラーは振り返る。
ゾーヤの姿は見えない。
彼女は風の魔法で気配を消せる。
音も出さずに移動ができる。
森の奥に廃屋のような古びた小屋があった。
木こり小屋だろうか。
男がドアを開けてターラーに入るように、顎でしゃくって合図をした。
書類机の向こうに先生が居た。
――ずいぶん太ったわね、それに老けたわ。
ターラーが初めて会った頃でも、先生は中年であった。
あの頃、頼もしくて立派だと思った先生の姿は、太ってみっともない初老のおじさんになっていた。
「ターラー、良く帰って来た、私は嬉しいよ、これで本当の社会革命をこの地から起こせる」
「革命?」
「そうだ、革命だ、大革命だ、農民と都市の労働者が手と手を取りあって理想社会を作り上げるんだ! その計画のためにターラー、君の覚えた魔法が役に立つ! あの日中断された革命を! 今! まさに! 再開するのだっ!!」
熱に浮かされたように先生は言葉を紡ぎ出す。
それは妙な熱気があり、うっかりあの頃のように心が動きそうになったが、今のターラーは十年旅をして世間を見てきた魔女である。
「あの頃、先生は騎士団が重税を課していると言って私に騎士を焼かせたけど、騎士団長はそんな事をして無いって言ってたわ。飢饉の時の救済穀物を返して貰っただけだって」
先生はパアンと手を叩いた。
「ああ、ターラー、騎士団長のような反動的な支配階級の俗物の言う事をなぜ信じるのだね、国からの救済穀物? そんな物は元々我々農民が支配者に取られた穀物だ、それをなぜ返さなければならないのだね? 農民の権利なんだ、そうだろう」
何となく筋が通っているような気がする。
ターラーをつれて来た農夫の男はうんうんとうなずいている。
「国から貸して貰った穀物を返さなかったら騎士団としても立場が無いでしょう、当たり前の事ですよ」
「騎士なんて農民にたかるダニなんだよ! 世界で一番偉いのは額に汗をして作物を育てる農民だ、それが、どうだ、朝から晩まで働いて、自分の口には小麦のパン一つも入らない、雑穀で作ったざらざらの黒いパンしか食べられない、僕はそういう世界を変えたいんだ、いや! 変えるべきなんだっ!! 我々の力で!! ターラーの魔法で!!」
ターラーの胸の奥がシンと冷えた。
「じゃあなんで先生はそんなに太ってるんですか? 騎士団の統治が悪いなら、なぜ村のみんなはあんなに笑顔なんですか?」
先生と男は黙り、そして憤怒の表情を浮かべた。
「反動だ!! 反動だ!! ターラー君は旧弊な魔女となれ合い反革命的な思想を心に宿した!! それではいけない!! 昔の素直なターラーに帰り給えよ!!」
「先生、あなた……、私の家を焼いて、父さんと母さんと、兄と、弟を焼き殺しましたね……」
「し、しらん、しらんぞ、そ、そんな! あれは悪辣な騎士どもがやった事だ!! 高潔な我々がそんな事をするわけがないじゃないかっ!!」
男が震え始めた。
ぶるぶると震え背中を丸めた。
「こ、殺す、つもりではなかった、お、お前の父親が、ヨハンが、く、くだらない事を言って、きょ、協力してくれなかったから、だから、そのカッとなった、その」
「おまえか……」
「先生に言われたんだ、ターラーは魔法の力がある、あの力さえあれば反乱はこっちのものだって、だから、家に火をつけて居場所を奪えって、本当はヨハンは逃がすつもりだったんだ、信じてくれっ」
「ば、馬鹿者!! なんという反動的な事を!! わ、わたしはそんな命令をしていない、違うんだ、ターラー、この男が勝手にやった事だ、信じてはいけない!!」
ターラーの杖から轟々と火炎が吹き出し、青い炎が部屋の中を照らした。
「やめろやめろやめろっ!! その力は革命に使うべきだ、我々を焼く炎ではない!! 万国の農民と労働者への福音となる火炎なんだっ!!」
ターラーは冷たい目で、先生と男を見る。
堅く重い殺意が彼女の中でぐるぐると螺旋を描いた。
――ああ、これは魔導炉の時の螺旋だわ……。
瞬間、ターラーは魔女である自分を取り戻した。
杖を振り、無詠唱で堅く小さな火炎弾を作り、先生と男の足を撃ち抜いた。
二人は悲鳴を上げて、のたうち回った。
「殺さないのかえ?」
いつの間にかゾーヤがターラーの後に居た。
「殺したら騎士団長に賞金をもらえませんから」
「ああ、そうだな、うん」
ゾーヤは嬉しそうにターラーの頭に手を置き、優しく撫でた。
「お前は世界一の私の弟子だよ」
ゾーヤに褒められて、ターラーは静かに微笑んだ。
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