第39話 ヘッダちゃんのお墓をたてる
夜、ターラーは、またヘッダちゃんの夢を見た。
「お母さんは無事にリンチされて死にました、間男さんも一緒です」
「それはそれは」
ターラーはそれはおめでとうと言って良いものか良く無いのか解らなかったので、返事を濁した。
「と言う訳なので、私のお墓を作ってください」
「いやよ、面倒くさい」
「の、呪いますよ、こう、沢山不吉な事が起こりますよ」
「恫喝しようっての? ギャガさんに言ってお祓いしてもらうよ」
「ううう、お墓を作ってくださいよう、簡単な物で良いんですよう」
「あんたの死体とかもう溶けてんじゃないの?」
「探してくださいよう」
「いやよ面倒くさい」
なにげに面倒くさがりのターラーであった。
目を覚ました。
今日は日曜日で工房はお休みだった。
ゾーヤが先に起きて、朝ご飯を仕立ててくれていた。
「おはようございます、師匠」
「おはようターラー」
もぐもぐと朝ご飯を食べながら、ターラーはゾーヤにヘッダちゃんの夢の話をした。
「そりゃあ、難儀だねえ」
「骨とか堀の中だよねえ、面倒臭いなあ」
「お墓と言っても簡易埋葬で良いのかねえ? 共同墓地にお骨を治めて、石碑に小さく名前を彫って貰うのでも良いのかね」
「ヘッダ・マルタさんなのかな?」
「マルタ夫人の娘だからそうだねえ」
とりあえず、王都外へ出て、散歩がてら探してみよう、という事になった。
ゾーヤとターラーは杖を担いでアパートメントを出た。
良く晴れて暑いぐらいの初夏の日である。
リンデンの王都は港湾都市で、西側が海に面しており、大きな港があった。
東西と南に街道が繋がり、大陸の中央部という事もあって、流通の中心であった。
ゾーヤとターラーは中央門で従軍証明書を見せて外に出た。
一歩王都の外に出ると外苑町が広がっている。
相変わらずごみごみして臭い、行き交う人々の目が昏い、みな背中を丸めて歩いている。
ヘッダちゃんを放り込んだ堀端を歩いて行く。
ゴミや犬猫の死骸が浮いてとても臭かった。
「これは見つかりませんね」
「無理かねえこれは」
堀端で釣りをしているおじさんがいて、ターラーは驚いた。
この堀で釣った魚を食べるのだろうか。
「うおっとっと」
おじさんが何かをつり上げた、と思ったら針が外れてターラーの足下に転がってきた。
小さな頭蓋骨であった。
「「……」」
「おじさん、これ要る?」
「いらんよ」
「んじゃ貰う」
「どうすんだい、そんなもん」
「幽霊がお墓作ってくれって言ってて、たぶんこれが骨」
「ほんとうかい、そんな偶然が……」
「まあ、間違っていても、別に私には何の痛痒も無いので」
「そ、そうかい」
とはいえ、堀の中にあった汚い頭骨である。
触るのが厭だった。
「いっそ、焼くか」
「やめとき」
綺麗な水で洗いたい所だが、王都の外苑に綺麗な水みたいな物は無いのである。
しょうが無いのでそこらへんに転がっていた壊れたバケツの中に頭骨を入れて運んだ。
王都の中に入り、公園の噴水の中に頭骨を漬けてガシガシあらうと綺麗になった。
綺麗になった頭骨を杖に引っかけて王都神殿まで運ぶ。
「おや、ゾーヤ師、ターラー師、御用ですかな」
「一番安いお墓にこれを入れたいのですが」
「さようでございますか、それでは共同墓地となりますね。石碑に一番小さな字で名前を入れて、二金貨となりますよ」
「さすが王都高い」
「外苑の森の中に埋めて石をのっけておけばええんじゃねえのか?」
「また外に出るのも面倒臭いですよ」
「それもそうか」
とりあえず、ゾーヤとターラーと金貨を一枚ずつ出してヘッダらしき頭骨を葬った。
大きな石碑の隅っこに『ヘッダ・マルタ』と入れて貰った。
「意外と簡単でしたね」
「まあなあ、私らも道々に力尽きて、石碑の小さな文字になんだろうな」
「師匠のお墓はでっかいのを私が建てますから」
「へへ、期待してんよ」
ターラーとゾーヤは顔を見あわせて笑い合った。
その夜も、ターラーはヘッダちゃんの夢を見た。
「お弔いありがとうっ、これで来世に行けるわ」
「来世であったら金貨一枚返しなさいよ」
「いーじゃないのうっ! 縁起物なんだからっ!」
「まあ、どっかでまた会えたら良いわね」
「来世は絶対に魔女になるんだ、弟子になってあげるよ」
「あんたみたいな手の掛かりそうな弟子はいやよ」
「なにようなにようっ」
ヘッダは息を詰めた。
ポロポロと涙が出て来た。
「な、なによ、そんなに弟子を断られて残念なの?」
「ううん、ううん、違うんだよ、本当に、女の子なんて不利だなあって、私は本当に来世は魔女になって自由に生きたい、騎士の家の女の子なんかイヤだよ」
「贅沢な、農家の女の子なんか、不味い飯で朝から晩まで働きずめよ」
「魔女になってどうだった? 楽しい?」
「うん、まあまあ、魔法使えるしね、師匠は優しいし楽しいよ」
「やっぱり来世は女神様にお願いして魔女になるわ」
「まあ、頑張ってね」
「うん、じゃあねターラー、来世はお友達になろうねっ」
「そうね」
ヘッダは地平線まで続く明るい道を踊るような足取りで歩いていく。
ターラーはそれを見守った。
いつか、来世のヘッダの道と私の道が重なりあいますように。
そう、ターラーは女神様に祈った。
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