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魔女の道々  作者: 川獺右端
第六章 農村ガリバタから二年目
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第34話 メリン師匠の用水路と溜め池

 ターラーはアマリエの家に馴染んだというか、みんな、ターラーはずっと前からここに住んでいるような錯覚を覚えるほど馴染んでいた。


「私は出自が農村ですからねえ」

「タラちゃんの親御さんは息災かえ?」

「いえ、父も母ももうおりません」

「まあ、それは大変ね」


 大陸の別の国の話なので、ターラーの一家が騎士団に殺された事はこの地方には伝わってはいない。


 三家族が一斉に夕餉を取る大広間でターラーは馴染みまくった。

 かたわらにはオイリーがいてなにくれとお世話を焼いてくれた。

 まごころのこもった田舎料理を食べながら、ターラーは実家の景色を思い出して微笑んでいた。


 次の日、朝からゾーヤに呼ばれてターラーは村の外周を歩いて廻った。


 美しい村だった。

 村の北側から川が流れ、用水路で溜め池に水を導き、各畑に流し込んでいた。


「この用水を掘ったのが、メリン師匠だあな」

「『水』の人は治水出来て良いですよね」

「そうだ、私も何か手伝おうにも、『風』でなあ、何にもできなかったよ」

「『水』の人はどうやって水路を作るんですか」

「水を噴射して土を掘り抜く魔法があってなあ、わりかし早いで、水の流れのテストもお手の物だったしなあ」


 ゾーヤは遠い目をしてメリンが掘った用水路と溜め池を見た。


「メリン師匠ってどんな方でしたか?」

「貴族の生まれでなあ、学があって美人でエレガントじゃったよ。ああ、懐かしいなあ」


 ゾーヤはしみじみと言った。

 私も師匠が死んだら、こうやって懐かしむのかな……。

 でもそんな想像は不吉で厭だった。

 ずっと永遠に師匠と一緒に旅をしていたいなあ。

 ターラーはそんな事を思っていた。


 朝から村人は畑に出てせっせと働いていた。


「このへんには魔物退治とかは無いんですか」

「この村の近所には無いなあ、隣村だとあるみたいだが」

「御用聞きするのも変ですよね」

「二三日すりゃあ、噂が流れて、依頼も来るだろうよ」


 なんだか一所に落ち着いてのんびりするのは初めてで、ターラーは居心地が悪い。

 農家の細々した用事を手伝うのだが、オイリーやライモに仕事を取り上げられてしまった。


「お客さんは働いては駄目です」

「でも、暇なのよ」

「まあまあ、家の仕事は俺達若衆の仕事だからよ」


 そう言って客間に押し込まれてしまった。

 客間のソファで豆菓子なぞをポリポリ食べながらお茶を飲んでも落ち着かない。

 というか、客間のお菓子を盗み食いしてよく怒られていたので、変な感じである。


 ターラーは暇なので四軸ジンバル魔法で上空から村を見ることにした。

 離陸しようと少し浮いたら、オイリーに見つかった。


「ぎゃあ、何ですかなんですか、飛んでますよタラねえさまっ!」

「飛ぶ魔法だから」


 離陸を中止して地面に降りると、オイリーからなんだか凄く期待したキラキラした目で見られた。


「一緒にちょっと乗る?」

「本当ですかっ! 乗ります乗りますっ!」


 オイリーと一緒に空の散歩とあいなった。

 安全の為に帯でしっかりオイリーと自分の体を結んでおく。


 ボボボと離陸して、農家の屋根の上あたりを飛行した。


「ぎゃあ、高い高い、凄い凄い、わああっ! おーいおーい!」


 オイリーが手を振ると、農作業中の村人が笑って手を振りかえしてくれた。


「凄いですねっ、凄いですね、でも飛んで何をしようとしてるんですか?」

「いや、近所の山に魔物とか居ないかなって偵察よ」

「ここらへんの山の魔物は沢山やっつけましたからねっ、あんまり大きい物はいなくなりましたよ。魔モグラとか、魔犬とかはたまに出ますけど」


 小物魔物だけなのかあ、とターラーは下界を見渡しながら思った。

 魔力が減ってきたので、農家の中庭に着陸して、帯を解いてオイリーを下ろした。


「えへへ、怖かったですけど、上から見た村が綺麗でしたっ、タラねえさまありがとうっ」

「いいんだよ」


 ターラーはオイリーの頭をなでなでとなでた。


 そんな感じにのんびりした農村生活でターラーは英気を養った。

 時々近隣の村に行き、大きめの魔物とゾーヤと共に倒したり、盗賊を討伐に行ったりする以外はのんびりしていた。



「さてさて、長居をしたけんど、そろそろ出発すべいかね」


 ゾーヤがアマリエに切り出したのは夕餉の時だった。


「ええ、まだ一月ほどじゃあ無いですか、もうちょっと居てくださいよ」

「いやあ、私はこの村の息災を確かめに来ただけだから、もう良いんだよ、アマリエ」

「タラねえさま、行っちゃうの……?」

「ごめんね、オイリー、また来るから」

「うん、約束だよ……」


 オイリーは大粒の涙を流してそう言った。

 ライモも、友だちになった若い子たちも残念そうな表情を浮かべた。


 田舎の産物を沢山お土産に貰い、ゾーヤとターラーは旅立った。

 村中の人が見送りに来てくれた。


「良い村でしたね、豊かで親切で」

「ターラーが村に溶け込んでいたんでびっくりしたよ」

「そりゃあ、農村生まれですからね」

「故郷の村に一度帰ってみたらどうだい?」

「……、あー、なんだか、『火』魔法で大暴れしちゃいそうで、そういう事をすると道々の人や師匠に迷惑が掛かりますよね」

「本当にターラーが騎士領を焼き尽くしたい、と思うなら、私は止めねえよ。でもまあ、もう少し後にするか?」

「はい、まだ、気持ちの整理がつかないかもしれません」

「二回目のワルプルギスの夜市を越したら、行ってみっか?」


 八年後……、ターラーはその頃、どんな魔女になっているかが解らなかったが、今よりは少し世間が解っているだろうな、との予感があった。

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