第29話 暗雲立ちこめる迷宮島
迷宮島の領主アレクセイが訪れた夜から、街はゾーヤとターラーへの態度を変えた。
何となく対応がおざなりになり、冷たくなった。
最低限の対応はしてくれるが、心からの親切や笑顔は無くなった。
厭な感じではあるが、迷宮探索には別に関係が無い。
三日潜って一日休みが、四日潜って一日休みになり、五日潜って一日休みになる頃には『山裾の黄金』の契約もあと一ヶ月となった。
『山裾の黄金』の漢たちの態度もなんだか薄皮一枚隔てたような感じになった。
領主の権力とはこんな強いものなんだな、やはり市民革命に邁進し全人民平等の世界に変えなくてはならないんだな、とターラーはひとりごちた。
「やっぱり領主は暗殺できかねる物ですか」
「わりと面倒臭いからね、貴族の安全は国家が担保してるからねえ、よっぽどでないと無理はできないのさ」
「居心地悪いですね」
「まあ、あと一ヶ月だ、我慢しろ」
不満を言うターラーをゾーヤはたしなめた。
今日は休日なので、二人は港の食堂でランチを食べていた。
「ヨイヨイヨイヨイ」
三角帽をかぶった魔女っぽい娘が奇声を上げながらゾーヤとターラーのテーブルに座った。
「おや、ギャガ、どうしたい?」
「調査に来ただなす、ヨイヨイヨイ」
あのヨイヨイという奇声は何なのだろう。
というか、調査?
ターラーはいぶかしんだ。
「魔女の行方不明が何だか多いんだなし、ヨイヨイヨイ」
「そうなのかい?」
ゾーヤとターラーが迷宮島に来てから二ヶ月、行方不明のパーティは三つになっていた。
魔女の数としては六人だ。
「二人は死骸で見つかったよう、でも四人いないようヨイヨイヨイ」
「師匠、誰ですか?」
「ああ、道々の調査魔女のギャガだぞ」
「おんちゃー、ヨイヨイヨイ」
「こ、こんにちは、初めまして」
ギャガはターラーに挨拶をするとゾーヤに顔を向けた。
「この迷宮島は昔から魔女の行方不明が多いんだなあ、ヨーイヨイ」
調査魔女というのは、魔女の道々が不穏と思われる場所に行って詳しく調べる仕事で、大陸に何人か居る。
「魔女の行方不明者が多いのか」
「ゾーヤは何も解らないよーだねヨイヨイヨイ」
「すまないね」
「わたいはちっと調べるからねえ、またなあヨイヨイヨイ」
ギャガはふらふらしながら行ってしまった。
なんだか、彼女には、ちっとも調査の腕があるようには思えないターラーであった。
次の日から、『山裾の黄金』は深部前線に向けて迷宮に潜って行く。
なんだか今回は男衆たちが思い詰めているような、そんな感じがした。
特に荷物持ちのヨーナが思い詰めたような目で、こちらをチラチラ見るのだ。
「何? ヨーナ」
「あ、いえ、その何でもないですよ、ターラー師」
「あはは、こいつ昨日深酒でよう、なっ」
「あ、はい、そうです」
なんだか変だな、とターラーはいぶかしんだ。
ルカスはいつもは使わない道に曲がり、迷宮深部に潜って行く。
「ちょっと、ずいぶん深いね、こっちでいいのかい?」
「あ、ああ、大丈夫だ、いつもの道には大毒蜘蛛が出たんでな、こっちが迂回ルートだ、ははっ」
ルカスは足取りも軽く深部に向けて細い道を下りていく。
彼の迷いの無い足取りで、何回も通っている道のような感じがした。
急な坂があった。
地の底まで続いているように先が暗くて見えないほどの坂だ。
これまで、こんな場所は通った事が無い。
ターラーはそう思い振り返った。
『山裾の黄金』の三人は笑っていた。
ヨーナだけが脂汗を流し、苦しそうだ。
「ターラー師、に、逃げて下さいっ! ここはっ」
「うるせえっ!」
チャプランがヨーナを抜き打ちざまに斬り、体を蹴飛ばして転げ落とした。
ヨーナの落下に巻き込まれて、ターラーも姿勢を崩し、坂をころげた。
「ターラー!」
ゾーヤは咄嗟に手を伸ばしてターラーの腕をつかんだが、落下に巻き込まれて坂を転げ落ちる。
シュボッと音を立ててターラーの杖が火を吹き、四軸ジンバルで姿勢を整え、ゾーヤとヨーナを抱えて坂の下の広間へ軟着陸した。
「くそっ、ヨーナ、重い!」
「うぐぐぐ、迷宮主、生け贄……」
ゾーヤは鞄からポーションを出してヨーナにぶっかけた。
『山裾の黄金』は坂の上の入り口を岩で塞いだ。
暗がりの奧から、ずるりずるりと巨大な物が這う音がした。
ターラーは灯火球を撃ち出した。
緑の鱗、突き出た目、凄まじい巨体でコウモリのような羽がある。
ドラゴンだった。
「ちいっ、迷宮主か!! 魔女を生け贄にして迷宮を延命させていたねっ!」
ターラーの灯火球に照らされて、坂の下の広間のあちこちで魔女の死骸が散乱していた。
かなりの年月が経った白骨化した死体から、腐乱した死骸までかなりの数だ。
広場の真ん中でグリーンドラゴンは天を仰いで咆吼を放つ。
あまりの轟音でターラーの耳はキーンとして、ビリビリと杖が共鳴した。
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