第28話 迷宮島での生活
迷宮探検はなかなか楽しかった。
四日サイクルで迷宮に潜り、三時間ほどの激闘で希少部位をたんまりと集めて、また地上へ戻る事を続けた。
どんな希少部位が取れるかは、どんな魔物が出てくるかの運次第で、回によって恐ろしくばらつきがあった。
二回目の探索で運良くレア魔物と出会い、値千金の希少部位を手に入れて大金を手に入れた。
三回目はあまり良い魔物を狩れなかったので、あまり金にはならなかった。
「もの凄く波のある仕事ですねえ」
「まあ、男衆が一流だから楽に狩りが出来てる。あまり出来ないパーティだと、下手をすると遭難して死ぬな」
「こ、怖いですね」
ターラーが島に来てからも、二回、中堅以上のパーティが遭難して帰ってこない事があった。
一つのパーティは死骸が見つかったが、もう一つのパーティは影も形も無く、文字通り迷宮に消えた。
まあ余所のパーティがどうなろうと『山裾の黄金』の活動は止まったりはしない。
何回も潜り、大当たりの魔物を夢見て最前線の三時間を戦う。
迷宮島は日常のコストが高いが、実入りもなかなかの物で結構な黒字で終われそうな感じだ。
五回目はなかなかの希少部位が手に入った。
男衆と一緒に迷宮から出て来て、儲けを山分けにした。
荷物持ちのヨーナもニコニコしながら酒を飲んでいた。
「えへへ、これで剣の修行が出来ますよ」
「ヨーナは将来的には前衛の剣士になるの?」
「そうでさあターラー師、本当に今回の仕事はありがたくて、感謝に堪えませんで」
「まあ、儲けて半年剣の道場に行って、また半年潜るんだな。『山裾の黄金』が動いていりゃ雇ってやるからさ、ヨーナ」
「ありがとうございます、ルカスさん」
なるほど、前衛の男衆はこうやって育って行くのか。
と、ターラーはエールをグビグビ飲みながら観察していた。
ゾーヤもソーセージを囓りながらエールを呑んでいた。
ああ、三日ぶりのお風呂が楽しみだなあ、とターラーは宿屋の最上階を見上げた。
贅沢な衣装を着けたハゲの中年男が酒場に入ってきた。
両手に華店の綺麗どころを携えている。
「おお、ゾーヤ、お前、儲けてるみたいだなあ、どうだい?」
「これは御領主さま、お陰で細々とやらさせておりますよ」
「あはは、そりゃあ良い、そりゃあ良い、そこの童女がお前の弟子か、良いなあ」
酒に酔って赤ら顔で息が生臭かった。
この島の領主、アレクセイ・バタガエフ子爵だ。
『山裾の黄金』の男衆も目を伏せからまれないように大人しくしていた。
アレクセイはゾーヤの隣に座り、酒を注文した。
「そろそろ、ゾーヤよう、俺の領軍の専属になりなさいよ、なあっ。良い思いをさせてやるからよう」
「いえ、アレクセイの旦那、私は道々の魔女なんで、旅をしませんとねい」
「やめちまえやめちまえよ、ひっく、迷宮主の俺様の物になれよなあ、なあ」
アレクセイがゾーヤの肩になれなれしく手を置いたのでターラーは魔法で焼いてやろうかと思った。
ゾーヤが小さく首を横に振るのでやめたが。
「ご冗談をアレクセイの旦那」
ゾーヤの声が低くなった。
「あ、あの、子爵さま、そ、そのへんで、ねっ」
チャプランが顔を引きつらしながら、そう言った。
見る見るアレクセイの表情が険しくなる。
「迷宮の主たる俺様が、ゾーヤが欲しいってんだ、おめえはそれを手伝うのが筋だろうチャプランよおっ」
「ああ、いえその、魔女は華売りじゃあないので、その」
ターラーは体の奥で魔力を練り始めた。
子爵とはいえ、護衛の姿は無い、華売り二人と共に一気に焼き尽くせば良い。
ゾーヤが冷たい目でターラーを見て、手をかざして止めた。
「だけど……」
ゾーヤは首を振った。
「アレクセイの旦那、今日はこの辺で上がらせてもらいますよ」
「おお、そうかいそうかい」
アレクセイはにこやかに笑い、そして一瞬で凍り付くような目でゾーヤを見た。
「いい加減に適当な事を言うと、『六枚刃のゾーヤ』といえど死ぬぜ。こちとら迷宮の荒くれもんを沢山雇ってんだぜ」
アレクセイが窓に目をやると、黒づくめの男が姿を見せた。
かなりの使い手、とターラーにも解った。
「……」
「……」
ぎりりと空間が歪んでいくような気がした。
殺気が漏れ出している。
チャプランも、ランドルも、ルカスも、緊迫の面持ちで得物に手を掛けた。
アレクセイがパンパンと手を叩き、殺気は霧散した。
「冗談だよ、冗談、なあ、ゾーヤ、俺の物になること、考えておいてくれよう。あんたなら領軍の隊長にだってなれるからなあ、がっはっは」
大笑いをしてアレクセイは立ち上がり去って行った。
「「「「ふー」」」」
ゾーヤを覗く四人は大きく息を吐いた。
ヨーナはゴホンゴホンと咳をした。
「ヤバイですね、領主さまに目を付けられましたよ」
「まあ、良くあるこっちゃね」
「あ、あまりその領主さまとのトラブルは困るよ」
「ああ」
「獲物の換金とかよ、色々領主に睨まれると不便があってな、悪いけどよ、ゾーヤ」
「ああ、解ってるよ」
ターラーは顔色も変えずにエールを呑んでいるゾーヤを見て、わりと良くある事のようだと考えた。
そりゃあ、師匠ぐらいの魔女だったら、みんな欲しがるよね、と腑に落ちた。
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