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もう一度、あなたと

作者: 野田あいみ



「またアリシア達の勝ちかよおぉぉぉ」



目的地であり、集合場所でもある噴水前のカフェ。

ヒルベルトとマリアがカフェを視界に捕らえたとき、そのテラス席には、すでに紅茶とケーキを楽しんでいる一組の男女がいた。


ヒルベルトの従妹のアリシアと、アリシアの婚約者であるイグナシオである。



「……いや、今回はそうとも言えない。とりあえず、二人とも疲れただろう?好きなものを注文して、まずはゆっくり休んでくれ」



ヒルベルトの悔しそうな言葉を受け、ほんの一瞬アリシアと目線を交わしたイグナシオは、曖昧に微笑みながら席を勧め、メニューを差し出した。




ーー観光名所を、いかに効率良く回るか。

ご当地グルメを、好みに合わせて堪能しつくすためにはどうすれば良いか。


四人は、これを二手に別れて検証していた。




今回の企画は、食事に一時間・各所につき最低三十分の観光時間を取りつつ、決められたルートを巡るというもの。


観光なら、各名所ごとの移動のしやすさや混雑具合、最低でもここだけは外せないという場所と、逆に人混みが苦手な人に向けた穴場。

食事なら、待ち時間や店の雰囲気に、肝心の盛りつけや味。


もちろん純粋に楽しみはするが、それでもしっかりとメモを取りつつ、ゴールまで進まなくてはならない。



別に勝負をしているわけではないのに、何故かヒルベルトは先にゴールすることにこだわっている。


だから、アリシア達が先にカフェに着いていたことを悔しがっているのだが。



「どうしてそこまで勝ち負けにこだわっているのか解らないけれど……。今回、私達はグルメ列車で移動したでしょう?だから、ヒルベルトとマリアの食事休憩分を引いたら、時間差的には私達の負けになるんじゃないかしら」



魔石を動力とした列車ーー喩えるなら、ゆっくり走行するリニアモーターカーに近いーーは、アリシアが生まれる前から存在していた。


”グルメ列車“は、長距離区間でも飽きさせないよう、『移動中の景色と食事、両方を楽しめる』をコンセプトとし、最近になって試験的に導入されたものである。

そこまでしっかり食べるのはちょっと……という人のために、軽めのアフタヌーンティーも用意されていて、そちらも人気だ。

この使用感も当然調査対象となるため、不利になると解っていて、敢えて選択した。



「ん?……あぁ、そういうことになるのか」


「そういうこと。あと三十分くらいは余裕があったと思うわ」



そう言ってふわりと笑うアリシアには、所謂前世の記憶がある。

かといって、調味料や石鹸などを作れるような知識はない。

というか、大抵のものは揃っている。


パソコンやスマホ、カメラといった特定の類の物がない割に、地球の現代日本と遜色ない衛生観念や、そこそこの娯楽と治安の良さがある、『なんとなくヨーロッパなんだろうな』的世界。

よくある乙女ゲームの世界観を思い浮かべてもらった方が早いかもしれない。



そんな世界に生まれたアリシアの前世は、美味しいものと旧い建物と小旅行、漫画と小説が好きな、いたって普通の事務員だった。

趣味嗜好が似ていた夫と一緒に、ゲーム実況・鉄道系・旅行系・グルメ系の動画を見て、時にはそれらの企画を真似て旅行や食べ歩きをしていたことはよく覚えている。


そういったアレコレを、物心がつき始めた頃から徐々に思い出しながら育ったアリシアは、自領の良さをアピールするべく、従兄のヒルベルトとその婚約者であるマリアを巻き込んで、こういった活動をするようになった。


街中に数ヶ所、大きな掲示板を作り、そこに隔週でイラスト入りの観光情報を張り出させてもらっている。

パソコンもプリンターもない中での作業は大変だけれど、昔懐かし”学級新聞“のようで楽しい。

最初は見向きもされなかったが、半年ほど経った今では、更新を待ってくれている人や、バックナンバーの閲覧を希望する人が増えてきたところだ。



途中で自身の婚約が決まり、『反対されたらどうしよう』と思いながら活動内容を打ち明けたのだが、『何それ楽しそう。俺も行きたい』と言われ、今に至る。




「勝ち負けはともかく、グルメ列車はいかがでした?」



待ち切れないといった様子で、マリアが問いかける。



「総合的に見て良いと思う。林檎を使ったステーキソースは初めてだったけど意外と美味しかったし、海側の席が取れたから景色も楽しめた。それと、グルメ列車は小さいながらもすべて個室でね。これはかなり驚いたよ。大声で騒いだりしなければプライバシーはかなり守られるんじゃないかな」



そう評価したイグナシオに続いて、



「そうね。窓が大きいから開放感があったし、揺れが少ないのと座席が進行方向を向いてるから酔わなかったのは良いと思うわ。それに、予約の時点で前菜からデザートまで種類を絞って選ばせることで提供までの時間にそこまで差が出ないようにされていたの。それと、コースとは別に頼んだアフタヌーンティーも、一口か二口くらいの食べやすい大きさなのに食べ応えがあって。もうね、ほんっと、全部美味しかったわ」



と、食い気全開の感想を述べながら、アリシアは現代日本でいう寝台特急カシオペアを思い出していた。


全席個室。コース料理が食べられて、ラウンジもある。

カシオペアと違うのは、それぞれの席まで料理が運ばれてくることと、寝台特急ではないことくらいだろうか。


とはいえ、寝ながらの旅を想定しているものではないから、そこに関しては当然だ。





「本当に最高だったわ。一度でいいから乗ってみたいと思っていたから、すごく嬉しかった。イグナシオのおかげね」




お忍びの体を装っていることもあり、ついつい気が緩んで満面の笑みを浮かべてしまうアリシアの頭を、イグナシオが撫でる。




ーーこういう、ふとした時。

イグナシオと前世の夫が重なることが増えた。



何かに集中している時に軽く唇がとがるところや、なんだかんだアリシアに甘いところを含め、他にも多々重なってしまう。


お酒が飲める(未成年ではない)からという理由で『大人の修学旅行』と呼んでいた趣味を、記録に残そうと言ってくれたのも前世の夫だ。

それが頭にあったから、こうした活動を始められたと言ってもいい。




でも、とアリシアは思う。

二人を重ねるなんて、前世の夫にもイグナシオにも不誠実であり、失礼なのではないかと。


前世の夫を忘れることは出来ない。

というか、半世紀にも渡る長い時間を共にした愛しい人を忘れろという方が無理な話だと思う。

共に過ごした日々の記憶は、確かにここ(胸の中)にあるのだから。




けれど。


“今”。

”アリシアとして生きている自分“の婚約者はイグナシオなのだ。



いかに重なる部分があろうが、イグナシオは前世の夫ではない。


重ねてはいけない。




ーーはずなのだが。






「リーシャが喜んでくれるなら、それが一番だよ」




耳元で囁かれた、その一言に。




アリシアは思わず前世の夫の愛称を呟いた。





「ナオ……?」





だって。

それ(リーシャ)は、前世の自分の愛称で。



続く言葉は、彼の口癖だったから。






「思い出すの遅くない?」


「遅くないよ。……ずっと、会いたかった」


「……ほんと、やっと会えたな。てか、約束守ったんだから泣くなって。また一緒に、いろんなとこ行こうな」




いつの間にか溢れていた涙を拭いながら、イグナシオが言う。





ーー私達が前世で交わした約束。



それは。




『限りある人生を、また貴方と共に』






願わくば、あの日の約束がずっと続かんことを。



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