8 イヴの子供たち
『イヴの子供』とは色々な意味がある。単にイヴの生み出した魔物のことを指すこともあるし、その魔物の血を飲んで魔術師となった者もイヴの子供たちと言うこともある。
けれどいまここでディルクが言っている『イヴの子供』とは、魔物のように普通の魔術師をはるかに超える魔力と特殊な能力を持ち合わせたごく一部の特別な人間たちのことだ。
聞こえは良いが要は「お前たちは魔物のような化け物だ」とバカにしたり蔑んだり、もしくは一般市民が恐怖する存在なのだ。まあ、普通の魔術師も魔物の血を飲んだ存在だから忌み嫌われているのは変わりないけれど。
私はディルクと残り二人の乗客の顔を見比べる。
「え? じゃああなたも魔術師ってこと?」
「そうですが……、おや? 言ってませんでしたっけ?」
「いや、初耳なんだけど?」
すると彼は背負った剣を引き抜くかの如く右手を肩のところまで持って行くとなにもない空間で何かを掴んだ。瞬間、空間が捻れいつの間にか彼の手には包帯が握りしめられている。そしてそれを自慢げに自分の顔の前に掲げた。
私が驚いているのを確認すると不敵に笑い、また同じ動作を行ってその包帯を消してみせた。
「え、何? 今のも魔法? どうなってるの? それに今気づいたけどあなた、手首の拘束具がないじゃない!?」
私が慌てて声を小さくすると周囲を見渡した。どうやら他の人はこちらに興味はないらしい。と思っているといつの間にか彼の手首にはまた拘束具が装着されている。意味が分からず混乱していると彼は笑った。
「いえいえ、今のは魔法じゃないですよ。ほら詠唱してもいないし、魔法陣も描いていないじゃないですか。これがアタシの特殊能力なのです。まあ、この能力のお陰であなたを治療できたのですから、へへ」
私が首を傾け唸っていると彼が話を続けた。
「この特殊能力はですね、イヴの子供なら誰しも持ち合わせているものなのですよ。人によって持っている能力は違いますがね。まあ、体力や魔力等を普通の魔法以上に消費してしまうという欠点はありますが……」
そう言いながら彼は苦虫を噛み潰したかのように顔をしかめる。
「ですからこれらの能力の名称は『使用者の体に宿り、ヤドリギのように体を蝕んでいく』ことから『宿』」と呼ばれているんです」
するとディルクは私にも見えるようにゆっくりと先程の動きを見せてくれた。彼は拘束された手首をまた肩のところに持っていく。すると彼の手首にあった拘束具がなにもない空間へ吸い込まれ消えた。そしてまた同じ動きをして拘束具を手首に戻す。
「見えた! さっきは一瞬だったから突然消えたものかと思ってたけど、肩に……。いや、肩の近く、そこの空間に吸い込まれたのね。そして吐き出した」
私は彼の肩と首の近くにある何もない空間を拘束された両腕を突き出して示した。
「まあ、間違ってはいませんが『収納した』と言ったほうが正確ですね。アタシの宿は通称『アイテムボックス』と言いましてね、アタシが収納したいと認識したモノをどんなものでも制限なく亜空間へ収納し、自分の意志で収納したものを取り出すことが出来る能力なんです」
「なるほどね、あなたがなぜ『万屋ディルク』と呼ばれているか納得できたわ。それにしてもすごい能力ね。それがあればどんな敵にでも負けないんじゃない? 武器を奪ってそれを使って攻撃したりとか。ほら今だって逃げようと思えば簡単に逃げれるんだし」
「もちろん、その時が来たら逃げようと思っています。しかし今じゃない。それにこのヤドリには欠点もあります。有効な効果の範囲がアタシの右肩付近に限っていましてね。剣を奪うためだけに右肩を差し出す勇気はアタシにはありません。一歩間違えば確実に死に陥ります。それに先程も言いましたがアタシが自分の意志で取り出さないといけません。収納されたものをアタシが覚えている必要があるんですよ」
ディルクはやれやれと言わんばかりに肩を下ろすと深いため息を吐いた。確かに戦いは不得意そうだし、彼の言う通りそんな方法ではまともに戦えそうになさそうだ。
現実的な戦いとしては何か障害物を取り出して身を防ぐか、あらかじめ武器を収納しておき、戦うときに不意をついて取り出すくらいしか思いつかない。
私もおもむろに彼と同じ動作をしてみたがやはりそんな収納能力は持ち合わせていないようだ。そんな便利な能力があれば部屋をすぐにきれいに掃除できるのに。
もしディルクの言う通り私もイヴの子供なら、何かしらヤドリを持っているみたいだけど私の能力ってなんだろう? 確かに魔力は他の人よりもあるにはあったけど不思議な力を使えたことはない。
そんな私の動作を不思議そうに見ていたディルクは眉をひそめる。
「そういえば……。この万屋のディルク、あなたのことは何でも知っているのですが、ヤドリだけを知らないのです。もしかして自分自身でもヤドリを把握してしないのではないですか?」
「ええ、そんなモノ一度も……。ちょっと待って!? なんか聞き捨てならないことが聞こえたんだけど?」
私はディルクを睨みつけると拘束された腕を上げ殴ろうとする。怒りと恥ずかしさで顔が耳まで赤くなっていくのを感じる。
「な、ななな、なんでもって!? えっと、その……何でも!? ただの変態じゃないの!?」
「ちょっと落ち着いてくださいエリーゼさん。ほらほら、他の人に迷惑ですよ? それにあなたの考えているようなプライベートなことはアタシも存じ上げていません。そこは安心して下さい」
「――くっ!」
気づくと私は肩で呼吸するくらい興奮しててその恥ずかしさのあまりすぐにその場に座り込んだ。すぐにディルクが私をフォローするように話しかける。
「すみませんね、アタシの言葉が足りなかったようです。もし今度アタシの店に訪れた際はサービスいたしますのでどうかご勘弁していただけるとありがたいのですが」
私はようやく落ち着きを取り戻すと近くのベンチに腰掛けた。