7 馬車
鼓動のような規則正しい振動が私の身体を小さく、時には大きく揺らす。聞こえてくるのは車輪が擦れる音と、馬のヒヅメが地面を蹴り上げる音だけ。
ひときわ大きな揺れで私は何か固いものに頭をぶつけた。思わず声をあげる。
「痛っ! クソッ、なんなの?」
私は頭を抱えながら横になった体を起こす。この痛みは頭をぶつけただけの痛みではないようだ。体に残った異様な疲労感と痛みを感じながら、今の自分の状況を確かめる。
どうやらここは屋根付き馬車の中らしい。簡素なつくりの荷台にベンチが備え付けられている。そして荷台全体を覆うように白い布が掛けられている。
布の隙間から垣間見る砂丘ばかりの風景にため息を吐いた。 ルドルフは武闘会があると言っていた。砂漠地帯を走っているってことは郊外にある闘技場に向かっているのだろうか?
舞い上がった砂埃が口の中にまで侵入してくる。はぁ、最悪。まだ花たちが咲き始めた季節だというのに、汗が滝のようにあふれ出してきていた。
いまいち状況を把握できない。あのとき確かに白蛇の毒を受けたはずだ。体中をほとばしる熱と皮膚を裏側から剥されているような痛みは、感覚からして致死量の毒だったはず。
ふと、私は右頬に違和感を感じ、そっと手で触れてみる。ルドルフにやられた傷を何者かに創傷治療された形跡があった。独特な薬品臭が鼻を突く。私自ら治療したわけではなさそうだ。
そう不思議に思っていると急に誰かに声をかけられ変な声を出してしまった。自分のことしか頭に入っていなかったせいか、周りのことが何も見えていなかったのだ。私はまた頭を強打してしまう。
見渡すと私の他に三人がこの馬車に乗り込んでいた。
一人はボロをまとった青年。どこかで見たことがある気がするが思い出せない。二十歳くらいだろうか体は汚れているが、目鼻立ちは整い金髪の綺麗な長いくせ毛が肩下まで伸びている。一瞬こちらを一瞥したがすぐに自分の足元へ視線を戻した。
二人目は私と同じくらいの女の子。この子も魔法使いなのか黒いローブを羽織っており、くすんだ青色のおさげ髪が力なく垂れている。目に光はなく、その顔には絶望が広がっていた。終始何か呪文のような事を口走っており、焦点の合わないその目で虚空を見つめている。
そして三人目、私の方を見ながらニヤついている顔をこちらに向けている男性。そこには見慣れた顔があった。いつもはフードを被っているが今日はその爆発したかのようなボサボサした黒髪をポリポリ掻いていた。
雑貨屋兼、情報屋のあいつ。いつ見ても年齢がわからない男だ。通称『万屋ディルク』
「おや、お目覚めですかい? やっぱりあなたはあのくらいの毒じゃ死にませんでしたか。おっと、驚かせてすみませんねぇ、へへ」
私は深い溜息を吐くとそっぽを向いた。下手に絡むと厄介だ。しかし、どうやら間違った対応をとったらしい。そんな私の態度によく思わなかったのか、ほかの同乗者のことも気にせず普段通りのトーンで声を掛けて来た。
「おやおや、せっかくアタシが治療して差し上げたのに、結構なご挨拶じゃないですかい? エリーゼさん。アタシが無料で何かをするなんてめったにない事ですよ。いつもご贔屓にしてもらっているお得意様得点とでも言いましょうか」
私が何も言わないのを確認すると彼はさらに続けた。
「まあ、今日は治療代を含めても、価値のある情報を手に入れられたんで結果オーライなんですがね、へへ。まさかあなたも『イヴの子供』だったとは驚きですね。まあ、あらかた調べはついていたんで、知らなかったと言えば嘘になりますが、いま自分の目で確認出来て確信に変わりましたよ、へへ」
ふと、彼の引っかかる物言いに私はあいつに顔を向ける。すると彼はさらに顔をニヤつかせた。
「おや、まだ気づかないのですかい? あなたを含めここにいる全員、『イヴの子供たち』ですよ」