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イヴの子供たち:オリジン  作者: 神海みなも
第1章 小さな侵入者
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5 西の森

「さあ、早く逃げるわよ。衛兵たちに見つかるのも時間の問題。ぐずぐずしていられないわ」


 その時だった。耳障りな奇怪な音が辺りに響き渡る。そしてそれが合図だったかのようにアミュレットからこれでもかってくらいまばゆい光が溢れ出した。ったく、どんだけいるのよ!


 たくさんの足音がこの部屋に集まってきているのを感じた。くそ、はめられた。通りで上手くいきすぎていると思っていたのよ。こんなに魔法を連発しているのに奴らが気付かないわけがないもの (*1) 。


 すると突然リアが私の目の前に飛んできた。


「ねぇ、モニカ。この城の西に深い森があるの。私たちが侵入してきた所と逆の方向よ。あそこなら障害物がたくさんあるから、そう簡単には追いつけないはず。先に逃げて、後で追い付くわ。……アタシがあいつらを足止めする」


「でも、それじゃあリアが……」


 リアはゆっくりと首を振ると優しく微笑んだ。


「大丈夫、アタシを信じて、モニカ」


 私は小さくうなずくと急いで隠し扉へと駆け寄り、リアのほうを振り向かずに声を上げる。


「絶対生きて帰ってくるのよ、リア。約束……したからね!」


 私はただその一言だけを告げると、他の宝に見向きもせずその場を後にした。リアがそっと消えるような声でつぶやいた『ごめんね』という言葉を無視して……。



(――リアのばか……)



 城の西にある森の中、息も絶えだえに私はローブのフードが外れたことも気にせず無我夢中で駆けていた。もう日が昇っているはずなのに光がほとんど届かない深い森。木々の隙間から(こぼ)れる朝の光がほのかに森を照らし出す。


「おーい、待て! いい加減あきらめろ!」


 地鳴りのような無数の声と足音が私のすぐ後を追いかけてくる。


 誤算だった。敵が追いつきづらいということは、自分も逃げにくいということだ。クモの巣だらけの枝や、柔らかい腐葉土に肩からぶら下げた帯剣。さらには幾人(いくにん)もの兵士たちの怒濤(どとう)。そのすべてが「諦めろ」と叫んでいた。


 ふん、それは無理な相談ね。私は止まれと言われて、止まるようなお人好しじゃないのよ。


 それにしても、リアは大丈夫かしら。城で衛兵たちを足止めしてもらっているけれど心配だわ。まあ、リアのことだから上手くやっているとは思うけど、こんなに早く追っ手がくるなんて気がかりね。いや、きっと大丈夫に決まっている。だって、約束したんだもの。


「もう一度言う、これが最後だ! すぐに王の宝を返上し、牢獄の中で自分の罪を償げ。そうすれば命だけは助けてやる!」


 またあの耳障りな声が、私の背を見えない手でわし掴む。どうやら声の主は衛兵の隊長 (*2) らしい。あまりの声の大きさに鳥たちがいっせいに飛び立った。


「何が罪よ、何が王の宝よ! 最初に奪ったのはそっちの方でしょう? 取り返して何が悪いのよ。そんなに叫んでバッカじゃないの!?」


 私は前を向いたまま声を張り上げた。徐々に距離を詰められ、ほんの数秒もたたないうちに両サイドを囲まれてしまう。衛兵たちの姿が徐々に視界の隅に入ってきた。


「この口の減らないガキが、今すぐ捕まえてやる! チッ、仕方ねぇ。おい、お前ら、もうどんな手を使っても構わねえ、挟み撃ちにして捕えろ。絶対逃がすんじゃねえ!」


 このままでは逃げ切れない、捕まってしまう。そう覚悟を決めた時だった。いきなり視界が開け、眩いほどの光が私の身体を包み込んだ。思わず手で顔を覆い立ち止まってしまう。


 しだいに目が光に慣れてくると、そこには先ほどの暗い森とは思えない光景が広がっていた。この場所だけ森を巨大なスプーンで(すく)ったかのようにぽっかりと穴があき、たくさんの色とりどりの花たちが咲き乱れている。そして空には真っ赤な朝焼け (*3) が広がっていた。


「はぁ、はぁ。これでもう逃げ場はねえ、そろそろ観念しろ。最初からお前の行動は筒抜けなんだよ。さあ、一緒に来てもらおうか」


「くっ!?」


 その光景に見とれていた私はハッと我に返るが、気づいた時にはもう遅かった。すでに何十人もの衛兵たちに、四方八方を囲まれてしまっている。私は舌打ちすると両手を上げながら声の主の方へとゆっくり振り返り、耳障りなそいつを睨みつけてやった。


 筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)で四十代後半の男性。背は他の衛兵たちより頭ひとつ分高く、北山脈に住むオークを連想させる。顔には無数の傷が刻まれ、今までどのような生涯を送ってきたのかがひと目で理解できた。長めの黒い髪を後ろで束ね、髭を(たくわ)えている。


 私がよく知っている人物だった。国家魔術師試験の実技試験官にして、毎年行われる武闘大会の十二回連続優勝者、ルドルフ・ラングハイム (*4) 。『冷酷な荒れ狂う獅子』の異名を持つ男だ。


「嫌だって言っているでしょう。それでも衛兵をまとめる長の態度なの? それに私のことをガキっていうのはやめてくれる? 私にだって名前くらいあるんだけど?」


「そうか、そうだったな。じゃあ『雷鳴のエリーゼ』と呼べばいいのか? それとも……『モニカ・E・レーヴェンタール (*5) 』と呼ばれるのをご所望で?」

*1 まあ、それはそう。リアにもっと隠密行動を心がけなさいって怒られちゃった。でも、やっぱり……ううん、何でもない。

*2 いやな奴、嫌い、ムカつく。それから、うーん、やっぱりやな奴。

*3 たくさんの塵や埃が空にまって朝の光の赤以外が散乱することによってより赤く見えるそうよ。今日はとりわけ多かったんでしょうね、夕焼けみたいに綺麗だったわ。

*4 一応こいつも魔法使いらしいんだけど、筋肉で戦うタイプらしいわ。

*5 そう、私の名前は『モニカ・エリーゼ・レーヴェンタール』。通常魔法使いはミドルネームを通り名として使うの。まあそれは自分の身を守るためでもあるからね。

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