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イヴの子供たち:オリジン  作者: 神海みなも
第1章 小さな侵入者
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4 宝物庫

「モニカ、ほら、これ見て!」


 その時だった。突然リアが声を上げ、早く来てと私に手招きする。私はぐるりと噴水の裏へとまわると、彼女のもとへと急いだ。


 するとリアの指差す地面に、何か固いモノでひっかいたような複数の白い跡が微かに残っている。そしてそのキズ跡はある堺できれいに並んで不自然に途切れていた。


 よく見ると石畳の境目に微かな隙間があり風が吹いてきているのを感じた。そう、この下に何かしらの空洞があるのだ。


 もしかするとこれが地下宝物庫への入り口かもしれない。私たちはそう確信すると、近くに何かレバーかスイッチがないかと探し始めた。


「あ、あった」


 私たちはほぼ同時に声を上げた。すぐそば、噴水の側面にある装飾品のひとつに不自然な出っ張りがあったのだ。私は両手でしっかり掴むと、思いっきり引っ張り上げた。予想は的中。地響きと共に地面が開き、地下宝物庫へ続くらせん階段が姿をあらわした。


 中を覗いてみても真っ暗で何も見えない。ただ悪魔のような口をぽっかりと開け、私たちが入ってくるのを静かに待ち構えている。私はポケットから、あらかじめ魔方陣を描いていた羊皮紙 (*1) を取り出すと左手で握りしめ詠唱した。


(くう)に溶け込む光の断片、静寂なるこの身に宿りたもう」

 「真夏の歌う太陽のように、真冬の導く満月のように」

  「万里を見通す世界の目。昼夜を切り裂く暗目者(あんもくしゃ)

   「我が身を灯し、照らし出せ。輝け、百夜行(びゃくやこう)


 握りしめたその羊皮紙は私の手の中で燃え上がると、小さな青白い光の球を発生させた。これくらいの規模の魔法なら小さな魔方陣でも効力を発揮する。


 私は入口の内側にあったもう一つのレバーで穴を塞ぐと、先ほど発生させた光の玉をランプ代わりに一歩、また一歩と先の見えない闇の中を黙々と下っていった。


 湿った空気が肌に張り付き気持ちが悪い。リアもそれを嫌ってか、飛ぶのをやめ私の左肩に腰を下ろす。それにしても気味が悪い場所ね、ここはどうも好きになれそうにない。異様な臭いが鼻を突いてくる。思わず手で鼻を覆ってしまった。どうやらここはカビの兵士が護っている闇の王国のようだ。


「ここが、地下宝物庫……」


 最深部、そう深くはないところにそれはあった。どうやら秘密の抜け穴は最下部と繋がっていたらしい。隠し扉を開けるとちょうど宝物庫前の廊下へとたどり着いた。


 目の前にそびえる巨大な木製の扉。両端に備えられた松明が不気味に扉を浮かび上がらせる。宝物を荷車に乗せて運び込むためか、大人二人が両手を広げて通っても余裕があるほどだ。私は手に持っていた光の球を握りつぶすとその大きな扉を見上げた。


 扉にカギはかかっていないようだが、見えない魔法の結界で覆われているのが感覚で分かった。リアにはそれが見えるようで私の服を引っ張り合図を送る。


 私はハーフパンツのポケットから自作の片眼鏡(モノクル)をとりだすと右目にはめた (*2) 。これで魔法でかけられた罠が見えるはず。垂れた銀の鎖が小さく音をならした。


 やっぱりそうだ。青白い結界がクモの巣のように張り巡らされ、私のような侵入者が宝を奪えないように扉全体と周囲に罠が仕掛けられている。


 解除するには現在使用されている魔法属性と相反(あいはん)するモノを、同じ魔導量(まどうりょう)と密度でぶつけてあげればいい。けれどこれが厄介で、自分の目で見てどれくらいの魔導量や密度が必要なのかを判断しないといけないのだ。


 許容範囲内に収まらなければ、罠が発動し警報装置が発動したり、最悪近くのモノを巻き込んで跡形もなく消し飛んでしまう事もある。


 この魔法はよく知っている。規模は違うが国家魔術師検定で出題された課題とそっくりだった。


 今回は青色の結界だから氷属性の魔法が使われているのが分かる。だから炎属性の魔法をぶつけてあげれば解除できるはずだ。ふと湧き上がってくる不安。もし失敗してしまったら……。最悪の事態が脳裏をかすめる。


「ううん、きっと大丈夫! 私ならできるはず!」


 私はおもいっきり顔を横に振ると、数回深呼吸し不安と恐怖で押しつぶされそうになる気持ちを追い払った。ここで失敗するわけにはいかない、絶対に。


「……よし」


 私は魔法陣を描いた羊皮紙を二枚取り出すと左右の手で一枚ずつ握りしめた。一枚は赤く、もう一枚は白く光る。


(くう)に溶け込む光の断片、静寂なるこの身に宿りたもう」

 「暖炉で燃える焚火(たきび)のように、恋人思う心のように」

  「天空よりも空高く。(いにしえ)からの走馬灯(そうまとう)

   「深く深く無類の愛、我が身を灰に焼き尽くせ。燃えろ、炎球水(えんきゅうすい)


 私は結界に使われている魔導量と密度をレンズ越しに見て判断すると、スライムのようにまとわりつく液体化した白と赤に輝く炎を作りだす。そしてそれを少しずつ溶け合わせ、こぶしくらいの大きさの炎球を作った。


 私とリアの姿を闇の中から照らし出し、手元がさらに明るくなる。私はゆっくりとその炎球を結界に近づけた。よし、上手くいった。じわじわと結界に穴があいていく。


「やったわね、モニカ」


「ええ、でもこれからが肝心よ。誰にも見つからずに持ち出さないといけないんだから」


 あらわになった宝物庫の扉。私は慎重にドアの取手に手をかけ、ゆっくりと手前に引いた。思ったより重く、体重をかけないと開かない。やっとの思いで人ひとり分の隙間を作り宝物庫へ侵入する。


 黄金でできた仮面、魔力を無効化できる黒魔石、たくさんの宝石が散りばめられた盾なんかも置いてある (*3) 。


 そんな宝物たちを横目に目的のモノはすぐに見つかった。なにせひと際目立っていたからだ。なぜか他の宝物とは明らかに扱いが違う。


 他の宝物は木製の台座に寝かせられ、ガラスケースに覆われて保管されていたが、それだけはなぜか真っ白な大理石の台座に寝かせられていたからだ。


 私は駆け足で近付くと注意深く周りを見渡す。どうやらこのケースには魔法の結界は張られていないようだ。さっそくケースを持ち上げお父さんの魔導具『シックザール』を取り出す。


「これがお父さんの帯剣・『シックザール』。……やっと、やっと見つけた!」


 私の背丈とほぼ同じくらいの長さで、幅が手のひらを広げても足りないくらいの太さがある。見た目は地味な焦げ茶色で擦れてボロボロになった鞘に剣が収められていた。柄の部分に大きなサファイアが埋めこまれている。


 そして、丈夫そうな革のベルトが両端に結われ肩から斜めに掛けられるようになっていた。


 どうもこのままでは重くて簡単に持ち運べそうもない。私はシックザールに浮力の魔法をかけることにした。帯剣を魔法陣の書かれた二枚の羊皮紙で挟み込むと詠唱を始める。次第に帯剣全体が白く発光し出した。


(くう)に溶け込む光の断片、静寂なるこの身に宿りたもう」

 「木の葉揺らす風のように、海を揺蕩(たゆた)う小舟のように」

  「蒼天泳ぐ赤目の魚。空に落ちる(うつつ)の天使」

   「世界の理から解き放て……って、ち、ちょっと待って (*4) 、うわっ!」


 詠唱しながら勢いよくシックザールを肩にかけた私はその場に崩れ落ちた。浮力の魔法をかけたはずの帯剣が重力に引っ張られる。


「だ、大丈夫、モニカ!?」


 リアも慌てて私の上に覆いかぶさった帯剣を除けようと飛んでくる。


「え、ええ、なんとかね。そんなことより何で魔法が効かないの?」


 私はゆっくりと立ち上がると教科書に記載のあった『魔法の効果と対象物』の項目を思い出す。


「ああ、そうか。魔力が宿った、とりわけこのシックザールのように魔力の強い物体に対しては魔法が効かない。いや、効きづらいのか」


 私は先の戦闘でフロイントと戦った時のように腰に下げたダガーナイフを取り出すと、床に魔法陣を描きだした。そしてその中央にシックザールを置き二、三度浮力の魔法の重複詠唱をする。


「ほら、いい子だから、ちゃんと言うことを聞くのよ。(くう)に溶け込む光の断片、静寂なるこの身に……よし」


 これで幾分は重さを軽減できるはず。けれどそれもなぐさめ程度だった。軽くなったとはとても言えない。私はシックザールを左肩に掛け斜めに背負うと、描いていた魔法陣を足で消しリアにささやきかけた。

*1 モノにもよるけれど、あらかじめ描いていた簡易魔法陣で魔法が使えるようになるの。魔法陣には文字列や数字、図形などを描いているんだけれど、本当は詠唱するはずだった言葉を『文字』としてあらかじめ書くことによって魔法の発動までの時間を短縮出来るようになるってわけ。それが本来の魔方陣の役割ね。まあ今回のお場合は料理で言う下ごしらえってところだけど。

*2 こういう罠や一部の魔法は二つの目しか持たない人間には見えない。第三の目以上を持つ魔族や精霊にしか見えない。なので人間は魔力を持つメガネやコンタクトを通してそれらの魔法を見るしかないの。

*3 本当はなにか持って帰ろうかと思ったけど……さすがにね。あっ、リア、その指輪は元の場所に戻してね!

*4 待って!

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