23 捜索対象
私が着席するとユリアンは満足したかのように小さく頷き円卓会議の終わりを告げた。
緊張の糸が切れたホールは再び喧騒に包まれる。皆はお互いの顔色を窺うように視線を交わしながら、あるいは私に好奇の目を向けながら三々五々に席を立っていった。
「せ、先輩、すごかったよ! あのユリアン様と堂々と渡り合うなんて! でもなんかあの人、綺麗な顔してるけど全然笑ってなかったよね……?」
ルナが興奮した様子で駆け寄ってくる。その隣ではリアが腕を組んでブツブツ何かを言っていた。
「胡散臭い男ね。英雄だなんて持ち上げて面倒なことを全部エリーゼに押し付ける気よ。絶対何か裏があるわ」
「……ええ、そうみたいね」
リアの言葉に私は静かに頷いた。たしかに彼の目は私のことを便利な駒の一つとしか見ていないかもしれない。けれど、いまは彼の計画に乗るしかなかった。
「イヴの子供たち」を探し出すこと。それは私自身のヤドリの謎やイヴの真実を知るための唯一の手がかりになるかもしれないのだから。
私たちがホールを出て回廊を歩いていると一人の女性騎士が駆け寄ってきた。短く切りそろえられた黒髪に、怜悧な顔立ち。その動きには一切の無駄がない。彼女は私の前で足を止め会釈をすると一つの書類の束を差し出してきた。
「あの、これは……?」
「雷鳴のエリーゼ殿、暁のユリアン様からの最初の任務に関する資料です。目的地までの馬車と旅の支度は西門の厩舎にて手配済みです」
女性騎士はそれだけを告げると一礼して去っていった。残された書類の束に目を落とす。表紙には『捜索対象:セレナ』とだけ書かれていた。
私の思考はそのページをめくった瞬間凍り付いた。少女の少し不鮮明な似顔絵。くすんだ青いおさげ髪に、どこか憂いを帯びた瞳。間違いない。闘技場へ向かう途中、あの埃っぽい護送用の馬車で乗り合わせていたあの子だ。
脳裏にあの時の光景が鮮明に蘇る。生きているのに、まるで魂がそこにはないみたいにただ虚空を見つめていた少女。私がディルクと話している間も彼女は膝を抱えて小さくうずくまり一言も発しなかった。あの時の何もかも諦めたような目が今も忘れられない。
そうか、やっぱり彼女も『イヴの子供』だったんだ……。
私は震える指で書類の続きを読んだ。そこには彼女の身辺情報がまるでモノを扱うかのように無機質な文字で記されていた。
『辺境の村「フロストリバー」出身。治癒魔法の心得あり。親友の死亡事故をきっかけにヤドリの力が暴走。村人から『呪われた子』と呼ばれ数日後、例の闘技場へ運ばれることとなる。城下町の一角に借家を用意したが彼女は拒否。現在は故郷に帰還している』
『呪われた子』。その言葉が私の胸に重く突き刺さる。人とは違う力を持ってしまったばかりに故郷を追われ、罪人のように護送されていた少女。ユリアンにとっては大義のための駒の一つでも、私にとってはもう見知らぬ誰かではなかった。
「……行こう。彼女を探しに」
私は書類を閉じ強く握りしめた。
西門の厩舎は王宮の華やかさとは打って変わって、干し草の匂いと馬のいななきに満ちた活気のある場所だった。用意されていたのは長距離の移動に適した頑丈な幌馬車。衛兵が保存食や水、薬草の入った麻袋をいくつも積み込んでいる。
「よーっし! 新しい冒険の始まりだね! 最初の目的地はフロストリバーかぁ。どんな子なんだろうね? その、セレナって子」
ルナが地図を覗き込み楽しそうに声を上げる。私はあの馬車での光景を思い出しながら静かに答えた。
「……とても、物静かな子だった。うまく言えないけど心がどこか遠い場所にある、みたいな……? 放っておけない」
私の真剣な声色にルナも何かを感じ取ったのか、こくりと頷いた。私は他の衛兵にお婆ちゃんへの伝言を頼むとリアを肩に乗せ馬車へと乗り込んだ。
準備が整い御者が手綱を引くと、車輪が石畳の上で音を立てて転がり始める。王都の喧騒が次第に遠ざかり馬車は郊外へと続く街道へと出る。窓の外にはどこまでも広がる真っ青で高い空とビロードのような緑の平原。
私の脳裏に焼き付いているのは、似顔絵のインクの線じゃない。あの馬車で見た全てを諦めた少女の、あまりにも静かな横顔だった。




